HEIWA
町を一望できる高台にある広い草原。鮮やかな黄緑の草と、その中に埋もれるように咲く小さい花たち。風に乗りひらひらと舞う蝶。傍らでは、ここまで乗ってきた馬が、静かに足元の草を食んでいる。
足元のずっと遠くにはにぎやかな町並みが広がっている。自分の屋敷も小さく見える。さすがに道を行き交う人々の顔は見えないが、こんなに遠くにいても、活気ある町並みの空気を感じられる。
俺は、特に意味もなく、それらを眺めていた。
知っている限り、初めて訪れた「平和」という時間だった。いや、昔は知っていたかもしれない。


小さい頃から武芸に興味があり、良く木剣でチャンバラごっこをした記憶がある。いつも俺は従兄弟に負けたけれど。
だけど、弓矢で遠くのものを狙うのだったら、誰にも負けない自信があった。兎や小さいイノシシだったら、どんなに遠くにいても仕留めて見せた。
いつしか時は流れ、俺の低かった背は庭の柵を超え、短い手足は太く長くなった。太った…ともいう。ひげも蓄えたし顔立ちだって変わったけれど、久々に会う従兄弟は、すぐに自分だと見分けてくれた。それがとても嬉しかったのを覚えている。
たとえその久々の再会が、平和から遠ざかるためのものだったとしても。

俺たちは、ある男に天下を取らせる約束をした。混沌の世の中にあっても、彼の存在は光のように輝いて見えた。少なくても、俺たちには。
そして、長い、長い戦いの日が始まった。
その日々のうちに、従兄弟は片目をなくし、俺は平和だった日々の記憶を失っていった。いや、それは俺だけではなかっただろう。従兄弟だって殿だって、味方にいた全ての兵も、敵であった全ての人も。平和なんて、とっくに忘れてしまっていただろうと思う。
ただ、失うものもあれば、得るものもあったわけだが。

殿の噂を聞いてはるばるこの国を訪ねてきた奴や、敵から寝返ってきた奴、殿が勧誘してきた奴。色んな奴が俺たちの仲間になり、そして俺に色々なものをくれた。それらは平和であったら決して手に入るはずのないものだったわけであるから、それだけは、幸せだったのかもしれない。
たくさんの戦いがあった。俺は剣を振るって、殿の天下を追い続けた。時にそれは棍になり、弓にもなった。いつか獣を射止めた誇り高い矢は、味方と殿の天下のために見知らぬ他人を射殺し、それが名誉だった。
俺たちの傍には、いつも人がいた。それは頭のいい軍師だったり、人のよい武人であったり…。本当に、色々な人間だった。性格も生きてきた環境もきっと違ったのだろうけど、みんな、同じものを見ていた。
それだけが確かなのであれば、俺たちはみんな、『仲間』だった。


そして、戦は終わった。
いくつも大きな戦があって、たくさんの人間がいなくなって、そして戦は終わった。
まだいくつか解決しなきゃいけないことがあるけれど少なくても、俺にとっては。俺には、戦うことしか出来ないから。
毎日、戦うことだけが全てだった。そしていきなり平和な時間の中に投げ出された。
平和な世界。
誰もが自分のために生きることが出来、見知らぬ他人に命を奪われない世界。望まなければ「誰かのために振るう刃」だって持たなくていいし、「人を殺す悲しみ」だって知らなくて済む。
先日俺は、知り合いの間に生まれた子供を見せてもらった。柔らかくて真っ白で、強く力を入れて抱きしめたら壊れそうなその生き物は、戦というものを知らずに生きるのだと思ったら何だか嬉しくなった。きっと幸せでいられるだろうと思った。
いつか時が過ぎて遠く離れてしまえば、戦があったことなど、ただの笑い話になると思う。

それでも、弓を捨てることは出来なかった。昔から、自分がたった一つ他人に自慢できるもの。
幼い頃には兎やイノシシを取り、昔あった『戦乱の時代』には名のある敵武将を討ち取った、誇り高い俺の武器。それはこの平和な世界ではまた、兎やイノシシを狩るのに使えるのだ、と、気付いた時には嬉しくなった。あの時には大きすぎた大人のイノシシや虎だって、今なら仕留められそうだと嬉しかった。
それに、弓を捨てたくなんてなかった。この弓で倒した好敵手たちに、なんとも悪い気がしたから。


―夏侯淵殿!

遠くから、俺を呼ぶ声。聞きなれたその声に、俺は振り向いた。
それは、混沌とした戦乱の中で俺が手に入れた仲間のうちの一人の声。彼以外にもたくさんの仲間を俺は手に入れることが出来たが、なぜか彼といる時間が多かったように思う。俺が出た最後の戦場にもあいつは一緒に出ていた。強いと思うし、俺は信頼もしている。ただし、見た目と性格のほうは相当変わっていたが。
戦闘の最中には結わいていた髪も今は下ろし、鎧をつけていた体には、押さえた色でも派手な女物の着物を纏っている。鎧も似合っていたと思うが、この格好の方があいつには似合っていると思う。

戦が終わった今では、俺とは切れてしまった絆も多くある。それは悲しいことだが仕方がない。もう、同じ目標を見上げているわけではないのだから。
それでも誰かと(例えばあいつとは)まだ絆が繋がっている。いつまでも忘れられない戦乱の記憶とともに。
それは幸せなことだ。きっと、何よりも。
平和だけを知っているのでは、手に入れられなかったもの。それは戦乱の記憶であり、あいつの存在であり、平和の大切さを知ることができたことであり。

俺は、振り向いて視界に入った薄紫の着物の男に向かって、大きく手を振った。
そして、大きな声であいつの名を呼ぶ。
嬉しそうに手を振り返すあいつを見て、俺はゆっくり立ち上がった。そろそろ帰ろうと思う。
最後に町を見下ろして、空を見上げた。
青い空。
それが今の俺の心そのまんまの色をしていたから、俺は笑った。


永遠に、この時間が続けばいいと思う。


永遠に、夢だと気付かないままでいられればいいと思う。
目が覚めればまた戦場、あの温かい声たちはもう亡い。
 
意味もなくただ思いついたことを並べただけ。
夏侯淵伝のEDは淵蝶とか関係なしに好きです。
すっごく平和そうで。
すごくまぶしくて、夢みたいだ。

読んでくださってありがとうございました!
 
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