「左耳の耳飾は、愛を誓う証だそうだな」
張コウの左耳の耳飾を見て、司馬懿は物憂げにそんな事を言った。
本当は、相手が右耳にその対を付けるというが、片方だけでも、帰りを待つと言う意味になるらしい。
「そうなのですか?それは知りませんでした」
張コウはいつもの穏やかな笑みを浮かべたまま、そっと耳飾に触れた。
「…袁紹様が、下さったんです」
「愛の証にか?」
「さあ、どうでしょう」
でも袁紹様は左耳につけてくださいましたね、と張コウは微笑んだ。
司馬懿は想像した。
少し背の高い美しい部下に、少し背伸びをしてその耳飾をつけてやる気高き男の姿。
いや、部下は跪いていたのかもしれない。
あの気位の高い男が、自分を見下ろすのをそう許していたとは思えないからだ。
そう考えると、その背の高い部下を重用しいつも傍に置いていた理由は、そうたくさんは考えられない。
「やはり愛の証か」
「さあ、どうでしょう」
張コウは同じ言葉を繰り返した。
「…今となっては、知るすべはありません」
そう言って、張コウは司馬懿と目を合わせて微笑んだ。
―もし、奴がそのつもりだったのなら、お前はどうするつもりだったのだ。
司馬懿はそう問おうとして、それが無意味な問いであることを知る。
代わりに出たのは違う問いだった。
「もし、私がお前に違う耳飾をやるといったらどうする?」
「これよりも高価なものなら、考えましょう」
その返答に、司馬懿は内心舌を巻いた。
あの名族が作らせたものなら、相当に高価なものなのだろう。
それに彼の胸当ても同じ趣向で、同じ職人に作らせたことがわかる。
耳飾を贈るなら新しい胸当てや装飾品も同じように作ってやらなければいけない。
つまりは、その耳飾を外す意思はないのだろう。
穏やかな微笑を浮かべる張コウをみて、司馬懿は、無意味な問いの答えを知った。
「…生死の壁は、お前にとっては薄いものなのだな」
「戦場に立つ兵にとっては、皆そうでしょう」
生きる幸せもありますが、死ねば先に死んだ仲間や愛しい人に会うことができます。
そんな幸せも、あるんでしょうね。
微笑む張コウに、司馬懿は今度こそ何も言い返せなかった。
彼が死んだら、自分にとっても死が幸せになるかも知れない、などと、
そんなことを、少しだけ思った。