「絵を描こうぜ」
と。
クレヨンと画用紙を持っておやびんが来た。
はい、と言って差し出された真新しい24色入りクレヨンと分厚い画用紙の束。
それらを前にして俺は一人、途方にくれている。
クレヨン
「ふんふふーん、ふーーん♪」

首領パッチは鼻歌を歌っていた。真っ白な画用紙を前に腹ばいになり、使い込んだ(単に使い方が下手なだけとも言う)クレヨンたちを使って、画用紙を埋め尽くしていく。もう何を描くかは決めていたから、どんどんクレヨンを持ち替え、作業を進めていく。
段々と頭の中にある想像図と画用紙の色形が近づいていく。
ふとそのとき、隣に座っていた破天荒の画用紙が、まだ真っ白なことに気がついた。

「んー?破天荒、お前なんも描いてないじゃねーか」
「は、はい!すみません!」

若頭に買ってもらった破天荒のためのクレヨンは、首領パッチのものと違って、巻いてある紙が破けてもいなければ途中で折れてしまっていることもない。先っぽすら真っ平らの新品だった。
破天荒は慌てたように、その真新しいクレヨンの一本を掴む。それは首領パッチの好きなオレンジ色だった。たぶん無意識のうちに掴んだのだろうが、なんだかその方が、首領パッチは嬉しいように思えた。
しかししばらく経っても、破天荒は動かない。クレヨンを持ったまま静止してしまった。

「…おやびん」
「ん?何だ?」

小さい声で、破天荒は首領パッチを呼ぶ。首領パッチはクレヨンを持つ手を止めて、ずいぶん高いところにある破天荒の顔を見上げる。

「…あの、俺… …何を描いていいか、わからないんです…」

さらに小さい声で続けられたその言葉に、首領パッチは驚いた。
白くて大きい画用紙と新品のクレヨンが目の前にあるのに、何を描いていいかわからない?そんな事があるのか?
驚いている首領パッチを見て、慌てたように破天荒は口を開く。
俺は小さいころから旅をしていて、こんな風にクレヨンを持ったり絵を描いたりするってことがなかったんですよ。
それを聞いて、首領パッチはああそうか、と思った。
例えば破天荒と他のハジケ組の仲間と一緒にピクニックに行く。首領パッチやコパッチ、若頭が、例えば持ってきたボールでサッカーを始めても、破天荒は遠くで見ているだけ。一緒にやらないかと誘ったら、ルールを知らないからと。その時は、首領パッチがサッカーの(偏った)知識を教え一緒にやったが、他にも破天荒の知らない遊びは色々あった。
破天荒が小さいころに、彼の村が毛狩り隊に襲われて、家族とバラバラになってしまったことは知っている。その後毛狩り隊を潰しつつ、一人、旅を続けてきたことも。
しかしそれが、イコール色々な遊びを知らない、と言うことまでは考えなかった。
小さいころからたった一人、誰かと絵を描いたりサッカーしたりすることはなく、ただ自分の真拳を極め、その技で自分にとって邪魔な人間を倒し、あるいは殺し。旅を続けて。
たった一人で。

「あああっ!!おやびん、どうしたんですか?どこか痛いんですか!?」

考え込んでしまった首領パッチを前に、破天荒がわたわたしながら心配そうに声をかける。

「お!?おう、何でもねえ」

首領パッチは元から色々考えるというのが苦手だったから、そう答えて画用紙に向き直る時にはもう、まあ何とかなるだろ、とお気楽な答えに辿り着いていた。
これまでも何とかなってきたんだし、これからもきっと何とかなるんだろ、と。
そののんきな後頭部に視線を注ぐのは破天荒。
出来る限り明るい声で話しかける。

「おやびん〜」
「んー?」
「おやびんは何を描いてるんですか?」
「ヒミツ〜」

覗き込もうとした破天荒の視界を遮るように、首領パッチは体で画用紙を隠す。

「教えてくださいよー」
「んー?じゃ、ヒントな」
「はいっ!」
「俺の大事なもの」
「大事な…?」

眉間に皺を寄せてそれが何かを考え出してしまった破天荒に、首領パッチはにやりと笑う。この男の思考だから、きっとこのヒントで本当の答えを当てることはできないだろう。首領パッチはそう考えていた。事実破天荒はいくつかの的違いな答えを言っただけで、答えを当てることはできなかった。
それでもまだ答えを探し続ける破天荒を遮るように、首領パッチは声をかける。

「ほら、お前も描けよ」
「あ…はい」

そして少し考えてから、じゃ、俺はおやびんを描きます、と。
しばらく二人とも絵を描くことに夢中になる。
会話は途切れたが、クレヨンと紙の擦れる音が間を繋ぐ。
破天荒は最初に手に取ったままのオレンジのクレヨンを握り締め、たまに隣に寝転がる首領パッチを見ながら、キャンバスの上に愛しい人の姿を描いてゆく。
そんな彼に背を向けたままデタラメな鼻歌を続けながら、首領パッチはキャンバスに色をぶつけ続ける。いつしかその色の塊は、二つの形を形作っているようだった。
そして30分ほどが経過したころ。

「よし、出来た!」

首領パッチが嬉しそうな声で叫び、破天荒は顔を上げた。

「お前は?」
「あ、あとちょっとです」

破天荒の画用紙には、両手を上げて満面の笑顔を浮かべている首領パッチが、紙の中央に大きく描かれていた。
その青い靴を塗り終え、彼はできました、といって首領パッチに笑いかけた。
お世辞にも「うまい」といえるような絵ではないが、その絵からは、彼の首領パッチへの想いが伝わってくるようで、首領パッチはその絵がとても気に入った。

「いいなー、この絵」
「おやびんに差し上げますよ」
「マジ!?いいのか?」
「ええ、もちろん」

そして、俺が初めてこのクレヨンで描いた絵なんですよ、と。
大事にしなきゃな、と首領パッチは思った。

「おやびんは何を描いたんです?」
「ん?ああ、これだっ!」
「これ…」

首領パッチは、自分の描いたその絵を実にさりげなく破天荒に渡した。それを見た破天荒の表情が変わる。
驚いたような顔に。

「俺もさー、何描けばいいかわかんなくて、で、思いついたのがそれだったんだよ」
「…」
「やっぱさ、好きなもの描くのが一番楽しいよなー!!」

自分の渡したものが思った以上の効果を発揮したのがわかり、首領パッチは得意そうに言った。

「…おやびん」
「ん?」
「本当に、この絵の奴が、おやびんは一番大事なんですか?」
「おう、もちろ」
「おやびーーーーーん!!!!!!!」
「わあっ!?」

急に爆発したようにガバッと飛びついてきた破天荒を避けきれず、床に倒れてしまう。

「キャア!な…何するのよ!セクハラよ!この変態ッ!!」
「あ…!す、すみませんっ!」

急にパチ美モードに変化してバシバシ胸を叩いてくる首領パッチを、それでも破天荒は離さなかった。

「…」
「…何だよ」
「…ありがとう、ございます」
「…おう」

いつもだったら茶化してふざけてハジケてお開きになるのに、今日はそうはならなかった。
首領パッチは破天荒に抱きしめられながら思った。こんなに喜んでくれるなら、また描いてやろう、と。
破天荒が大事そうに握り締める画用紙には、いっぱいの笑顔の破天荒と手を繋ぐ首領パッチ自身が描かれている。たくさんの色とたくさんの線で。
知っている人が見なければそれが人だとすら分からないかもしれない色の固まり。でも、確かにそれは首領パッチが丁寧に描いたのだと、破天荒にはしっかり読み取ることが出来た。

「また、絵描こうな」
「はい」

首領パッチを抱きしめたまま、破天荒は頷いた。
床の上には、二人分の使い込まれたクレヨンが転がっている。
きっとすぐ破天荒のクレヨンもなくなってしまうから、若頭にまた買ってもらわないと、と首領パッチは思った。
 
らぶらぶにしてみた。。
なのにいちゃいちゃにはならない不思議。

破天荒とクレヨンって本当似合わない。
 
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