双子といっても
そうは似ていないから
「うおりゃあッ!」
「うおっ!?」
飛び掛ってきたその右ストレートを、とっさに銀色のオブジェで受ける。
小箱やペンがガシャガシャと音を立てて飛び散った。
右ストレートはオブジェをへこましたが、拳へのダメージはかなりのものだったらしい。
セッツァーが、当たらなくて良かったと胸をなでおろす横で、盛大な悲鳴を上げた。
「…ってェーー!!」
「げ、起きやがったか」
マッシュである。
「良くもやりやがったな、このやろー!」
「ぐーすか寝こけてる方が悪ィんだよ」
「寝てる相手にこーいうもの乗っけるか普通!?」
と、落ちた小箱を拾い上げ、げ、という顔をする。
「うわ、これ兄貴が大事にしてる宝石箱じゃないか」
「大事なものか?」
「うーん、何かどっかの貴族から貰ったらしいけどさ、装飾が好きって…じゃねえよ!」
話をそらされそうになったことに気づき、マッシュは首を振る。
そして手に持った小箱を。
「このやろー!」
「これエドガーの大事なものじゃ…っうお!?」
投げつけ、飛び掛ってきた。
体格の差も体力の差もある。抵抗はしてみたものの、すぐに押さえつけられてしまった。
セッツァーの肩を押さえつけ、マッシュはこぶしを固める。
「覚悟しろよー!?」
「ったく、いつから起きてたんだよ」
「ほんのちょっと前だよっ」
どうやら、ギリギリまで寝ていたらしい。
本棚から物を落とした音で目を覚ましてしまったのだろうか。
だとしたら、完全に油断が招いた失態だ。
「ちょ、ちょっと待てって」
「待たない!…って、うわ、こんなところまで」
振り上げた手の甲の判子跡に、今はじめて気づいたようだった。
「ぎゃー!このインク落ちねえんだぞー!?」
慌ててこするが、インクは多少伸びても、綴りは消えない。
「同じの、顔にも押しといたから」
「な、何ィー!?」
慌てて頬や額をこする。もちろんこちらも消えはしない。
「クックック、俺の勝ちだな!」
「てめえ、マジ何するんだよっ!」
「いいじゃねえか、兄貴好きだろ」
「好きだけどさーっ!…ああもうっ」
ドサクサ紛れに告白し、ふと気づいたように机の上を見る。
そして手を伸ばし、何かを掴み、そしてにやりと、セッツァーの方を見て笑った。
「ん?何だ?」
「お前も同じ目に合わせてやるー!」
「うお、ちょっ」
制止の声も聞かず、判子は無常にも額の真ん中に振り下ろされた。
ぺたん、という軽い音と詰めたい感触。
そのインクの落ちなさなら、自分もさっき試している。
「あぁ…あ…」
当分は残るだろう。そしてそれは同時に、当分笑い者とされることも示している。
隠すためにはバンダナを巻くか?だがそんなものをつけたら、あのドロボウとかぶってしまう!
ファッションを個性と考え大事にするセッツァーにとって、この攻撃はこぶしの一撃よりも答えたのであった。
「へへん!これでお前も兄貴の物だからなー…って間違えた!?」
「何を間違ったんだよ…」
もう何かを答えるのも面倒になってセッツァーが聞く。
「この判子、兄貴のじゃなくて俺の名前だ!」
「どっちでもいいだろそんなの…」
「良かねーよ!」
マッシュが余りにもムキになって否定するので、セッツァーは目を開ける。
「確かに、エドガーの部屋にお前の判子があるってのは妙な話だけどよ…」
「俺はそんな話してるんじゃない!」
一言で切り捨てられた。
「だって、お前のデコに、俺の名前の判子押しちゃったんだぜ!?」
「だから何だよ」
「だから、俺、お前なんて要らないし!!」
一瞬、セッツァーは言葉を失う。
こいつは…マッシュは今何と言っている?
名前を書いたら、書いた人のもの。
自分の物には名前を書きましょう。
「…ガキかてめえは」
「うわー…俺こんな奴要らねえよー…」
セッツァーが呟く横で、マッシュは本気で落ち込んでいる。
そんな彼の姿を見て、セッツァーは。
「…ふむ」
面白いことを考え付いた表情で、ゆっくりと起き上がった。
こんなことをされたのだ。…反撃くらいは許されるはずだもの。
胸に手を当て深々と一礼して、一言。
「それではご主人様。何なりとお申し付けくださいませ」
出来得る限り一番の、とびっきり爽やかで好青年の笑顔を浮かべてみせる。
マッシュは一瞬で飛びずさった。
「キモい!!」
「キモいとは?気持ちイイことをお望み、ということでしょうか?」
「うわ、マ、マジでキモい!近づくな!触るなー!!」
「はっはっは、何と言っても俺は貴方に記名されちゃいましたからね」
「うわああっ!」
言いつつ擦り寄ってくるセッツァーから、マッシュは必死に逃げる。
もう、寝ている間にいたずらされた怒りすら消えてしまったようだ。
「大丈夫、俺は満更でもねえぜ?お前が相手でも」
じりじりと壁に追い詰め、その顔の横にドンと音を立てて手を突く。
「俺が嫌だ!!」
「いや、本当はエドガー狙ってたんだけどさ」
「お前なんかに兄貴はやらねえ!」
「うん、だからお前を代わりに」
「嫌だー!!」
立ちふさがるセッツァーに体当たりを一発、マッシュは部屋を飛び出した。
「うお、外行くかあの顔で…?」
一瞬呆然と呟いたセッツァーは、しかし、にやりと笑った。
「まあいいか、こうなったらとことん遊んでやる…!」
呟き、彼も駆け出した。
図らずも額に記されてしまった、彼の所有者を追うために。

そんなヤマもオチもイミもない追いかけっこは、部屋の主が帰ってくるまで城中を舞台に続けられた。
部屋の主は当然、自分の手持ちのインクを落とすための洗料くらい持っていたので、
セッツァーの手に入れた『王の弟の所有物』という権利は、ほんの数刻で消えてしまったのだった。



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ギャンブラーと弟、のコンビをあんまり見かけないので無茶してみた。
結論→見かけないのには意味がある

ノリが見たことあると思ったら伝勇伝…?
フェ、フェリスは誰ですか!?(何

読んでくださってありがとうございました!
 
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