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子羊のプライド
飛んできた小さな鉛玉を軽々と片手で掴み、カウンターにロケットパンチ。
ぐッ、という悲鳴と確かな手ごたえ。岩の陰で倒れる人影を見た。
見覚えのある顔だ。ビンゴ。
しかし、ちゃんとみぞおちに入ったはずなのに、そいつはよろよろと立ち上がる。
パンチを引き戻しながら、おれはため息をついた。
「オイオイ兄ちゃん、まだやる気か?」
「メリーは…ッ、渡さねェ!…ッ…」
言い終わるか終わらないかのうちに、その少年は咳き込んで膝をつく。
口元を押さえる指の間をこぼれてパタパタと足元に飛んだのは、赤い…血だ。
良く見れば体中包帯と絆創膏だらけで、服も汚れている。
…自らがしたこととは言え、少年のその姿はとても、痛々しかった。
それでも無言で睨みつけてくる視線に、おれは説明してやることにする。
「…別にその船を奪いに来たわけじゃねェ。おれが迎えに来たのは兄ちゃんさ」
「………」
「麦わらにゃあ借りがあんだよ、シロクロつけねェとな」
「…おれは、人質か」
「そーいうことだ。大人しくついて来るか拉致されるか、選ばしてやろうか?」
手首の継ぎ目をさすりながら意地悪く尋ねてみる。
そいつにとっては、二度も腹いっぱい味わわされた、圧倒的な暴力。
誰も、もう一度あんな目に会いたいとは思わないだろう。しかし。
「どっちも断るっ」
「…ホウ?」
返事は、予想外のもの。
がたがたと震えながら小さなパチンコをおれに向け、今にも泣きそうな目で睨みつけてくるのだ。
そういえば、前だってそうだった。
うちのかわいい弟分共に、一度こっぴどくのされたってのに、こちらの縄張りまで策もなく一人で突っ込んできて。
そしてまたこっぴどくやられて、それなのに今また立ち上がって。
震えながら、泣きそうになりながら、立ち向かってくる。
男なら当たり前だろうが、と言いたい所だが、世の中にはそれが出来ない者もいるのだとおれは知っている。
「つまり…おれとやろうってんだな?」
「…ッ!」
無言のままに放たれた一発の鉛玉が開戦の合図で、同時に駆け出したおれの足元の砂煙が、
「くそ…ッ!」
「…おしまいだ」
終戦の合図となった。
おれの右手は少年の左腕を捕らえている。
先日から見ていればこいつはパチンコを武器にしているようだから、片腕を封じてしまえば戦えまい。
「殺すわけにゃあ行かねェんだ。テメェは人質だからな」
「ウソーップ…」
「ん?」
「ハンマー!」
「ぐぉお!?」
脛を襲った激しい衝撃に、思わず腕を離す。
「まだ終わっちゃいねェよ!おれをあなどるな!」
その間にそいつはおれの腕をすり抜け、逃げるかと思いきや逆に寄ってきておれの胸に手…いや、何かを当てる。
「な、何ィ…」
「悪ィな、昨日使っちまったからあんまりいいモン残ってねェけどよ…!」
不覚にも、脛の鉄板への衝撃で一瞬立ち上がれなかった。
そして少年はにやりと笑って、
「…衝撃(インパクト)ォオッ!!」


「こんにゃろうが…!神聖な大工道具を変な攻撃に使いやがって!痛ェー!!」
吹き飛ばされた衝撃で、背中をしたたかに打った。
背中は改造していないから弱いのだ。
それを知っていたはずはないだろうが、今の一撃は効いた。
久々の痛みに悶絶してのた打ち回るが、その隙を狙った追撃はなかった。
どうやら、それは向こうにとっても同じだったらしい。
「…変わったモン持ってんじゃねェの」
「……」
反動で倒れた姿勢のまま、そいつはぴくりとも動かない。
「…死んだか?」
「生ぎでるよっ!!」
泣き声。おれは何故か、ほっと息を吐いた。
「元気じゃねェか」
「こんなところで死ぬか!馬鹿野郎!」
「ば…!?お前、今の状況わかってんのか?」
さすがにムカついて、大またで倒れたままのそいつに近寄った。
胸倉を掴んで引き起こし、顔を近づけて凄んで見せる。
「殺しゃしねェが、足や腕の一本や二本や三本、奪ってやってもいいんだぜ?」
「知らねェよ!大体もうおれは!…麦わら…の、仲間じゃねェんだし!」
とばっちりなんてまっぴらごめんだ!と叫ぶ声に、おれはちょっと驚く。
「…仲間じゃねェ?」
「そうだよ!おれは昨日…一味を抜けたんだ!!」
「…」
「おれを連れてったってあいつらは来ねェさ…だからここでおれがお前を倒すッ!」
「テメェにゃ無理だって言ってんだろ!」
再び構えられたパチンコを持った腕ごと、地面に押さえつける。
「…ッ!!」
「すぐに泣くんじゃねェよ、男だろうが」
「泣いてなんかねェよ!」
「泣いてんじゃねェか」
「泣いてねェって言ってんだろ!見んな!!」
ガキのように手足をばたばたさせて、無理だと知りながらも泣きながら抵抗をする。
「…クソッ」
「な、何すんだよッ!」
ひょい、と肩の上に担ぎ上げる。
背中を殴りつけてくるので、痛ェからやめろと一喝した。
「…」
「コイツを…この船を、おれの秘密基地に運んでやる」
「秘密基地…?」
「アクア・ラグナが来るからな。ここに置いといちゃあ、ヤツに沈められちまう」
「な…!?…そういえば…そんな話を聞いたな、高潮が来るって…」
口をつぐみ、抵抗をやめた少年を肩に担いだまま、簡単に船を見る。
マストも甲板も船室もボロボロのその船は、一体何人に愛され、何人の喜びを乗せてきたのだろうか。
おれはそのマストの下手な継ぎ目を撫でながら、なんとなく、色んな光景が見えるような気がした。
「…」
「…フランキー?」
控えめな声は、肩の上の少年のもの。
「お、オウ、どうした?」
「メリーを基地に運んでくれんだろ?早くしねェと、もう、高潮見えてる」
「あ、ああ、そうだな。すぐに始めるぜ」
操舵室に向かいながら、おれは小さく首を振った。
今更何が見えたって同じことだ。
もうあの日に…人をやめた日に、夢も一緒にやめてしまったのだから。
羊の頭をかたどった操舵幹が、白い塗料の上から汗やなにやらで黒ずんでいたけれど、それにも気付かない振りをした。
…進めなくなった船はただのでっかい棺。
おれは『船大工』だから、そこを譲るわけにはいかないのだ。
どんなに愛されていようとも。
どんなに共に長い時を過ごしたとしても。
どんなにたくさんの夢を乗せていたのだとしても。
「…それでも、沈まねェ船なんてねェのさ」
その言葉を肩の上の少年がどんな気持ちで聞いていたのか、おれは、知らない。
 
狙撃手の話のはずがいつの間にか船大工の話に…あれー?
一番恨まなきゃいけない同士がいつの間にか仲良くなってる罠。

嘘の子を「少年」と称するのはどうかと思いましたが、34歳と17歳なので多分少年。
 
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