「あーもー、あいつらまたやってんの」
ナミが呆れてため息をつく。
視線の先では剣士と料理人の、日課とも言えるケンカが始まっていた。
誰もとめるものはいない。それが日常だからだ。
だからこそ、言い争う二人を見つめる視線の一つがいつも複雑なものであることに、誰も気付いてはいなかった。
誰かの心、誰か知らず
「ったくアイツは、クソムカつくな」
サンジはキッチンでフライパンを揺らしながら、そこにいたウソップに愚痴をこぼしていた。
クリマ・タクトの整備中のウソップは、サンジを半目で見上げる。
「おめェも言い返すからだろ」
「だってよ、今日はアイツ何て言ったと思う!?」
手首のスナップを利かせ、フライパンの上で綺麗にホットケーキを躍らせる。
いい焼き色だ。綺麗に焼けたから、これはナミさんの分にしよう。
「皿」
「へい」
フライパンの上での位置を調整したあと一気に、差し出された皿の上に飛ばす。
「お見事〜」
「ヤローに褒められたって嬉しくねェよ」
「褒めなかったら褒めなかったでスネるくせにー」
「うっせェ。お前の分焼かねェぞ」
「あ、いや、その…そうそう、で、何言われたって?」
「聞いてくれるか!?それがまたクソムカつくんだぜェ!」
話を逸らせたとひそかに安堵するウソップに気付かず、サンジはダン!と大きな音を立て、フライ返しを流し台に叩きつける。
「こともあろうにあのマリモ、おれに向かってこう言いやがったんだ。
『恋人の一人もいねェ野郎に、愛の大切さを説かれたくはねェな』と…!」
「一体ェ何のケンカしてんだよお前らは…」
「おれが本当は一体誰と恋人になりたいのか、もっとしっかり気付けってんだ、あのクソマリモ!」
「…あんまし気付きたくねェなァ…」
「甲板で昼寝し過ぎて頭2mになっちまえってんだ!」
「いや何の話だよ」
「知ってるか?マリモは一年で10cmも成長すんだぞ」
「だから何なんだよ!?」
一言ごとにナイスツッコミを入れまくる狙撃手をガン無視で、料理人は窓の外を見る。
飽きもせず、上を脱いで筋トレに励んでいる姿がそこにあった。
汗だくで、胸と足首に大きな傷。
「…あいつ、鈍いからなァ」
同じように窓の外を眺めたウソップが呟く。
きっと、思われていることにすら気付いていないのだろう。
「クソ、何か悔しいな。…おい、次の皿」
「お、おう」
愚痴りながらも手は動かし続けていたらしい。
しかしイラつきが手元を狂わせ、少し焦げたホットケーキが、目測を誤ってウソップの頭上を飛びすぎる。
「やべっ…あ」
ガタン!と大きな音を立てて、ウソップごと椅子が倒れる。
「おい、大丈夫か?」
「さすがおれ様、ナ〜イスキャッチ!…後頭部打ったけど」
倒れた姿勢のまま掲げられた皿には、きちんとホットケーキが乗っていた。
「お見事」
「さすがだろ!もっと崇め奉ってくれたっていいんだぜ!?」
倒れたまま胸を張るウソップは放置で、もう一度窓の外を眺める。
「…世の中の人間が、皆お前みたいに素直なら良かったのになァ」
そんなサンジの背を見つめ、ウソップはため息をついた。
「…だったらよ」
「…?」
「こっちから動きゃいいんじゃねェか」
気付かないなら言ってやればいい。わからないなら教えてやればいい。態度で示して伝わらないなら、声で伝えてやればいい。
ウソップは挑発的な声で続ける。
「それとも、そんな行動力も勇気もねェか?」
「お前が言うか、それ?」
ウソップに背を向けたまま、サンジはにやりと笑った。
「…だが、助かったぜ。持つべきものはやっぱり心の友だな」
「何じゃそりゃ」
手元には焼きかけのホットケーキ。
「あいつの分だけ、イチゴジャムでハートでも描いてやろうか」
「…お前それ、嫌がらせと取られても知らねェぞ」
そうだ、肝心なのは一歩。
その一歩を、相手の分までこちらが歩み寄っても、結局の距離は換わらないのだから。
鮮やかな赤いジャムを、ホットケーキの上に広げながら、サンジはにやりと笑った。
サンジの出て行ったキッチンで、ウソップは一人窓の外を眺める。
丸く囲まれた窓の中で、筋トレ中の剣士に駆け寄っていく料理人が現れ、手に持っていたものを渡す。
剣士は酷く怒っているようだが、料理人は悪びれず笑っている。
やがて剣士は呆れたように座り込み、その隣に料理人が座る。
声は聞こえないが、何かの決着がついたことだけは確からしい。
剣士に気付かないように料理人が小さく振り返って、こちらに向かって親指を立てた。
自分も同じポーズを返す。
「…行動力と勇気…ねェ…」
先ほど自分で言った言葉。
(お前が言うか、それ?)
言い返された言葉。
「…どうせ、行動したって報われねェんだもんよ、おめェが報われたらさ」
誰かの幸せと自分の幸せは、必ずしも同時に来るとは限らないのだ。
それなら、大事な相手が幸せにすごしてくれることが、自分の一番の幸せになるから。
「…あいつが、笑っててくれりゃいいんだよ、きっと」
窓の桟に丸く切り取られた世界で笑っているサンジから目を逸らして。
ジャムの塗られていない焦げたホットケーキを、一人口に運んだ。
「…苦ェなァ」
浮かんだ涙は、多分、その苦さのせいだと思う。
|
ぎくしゃく海賊団。
実はさらにl←zを入れたかった。
|
|
戻る