生まれてこの方19年。
ゾロは初めて恋をした。
元々恋愛方面には疎いほうではあったため、その状態に不安さはあったものの、そこに関する不自然な点は些細なことだと思っていた。
不自然さ。
つまり、同姓に恋をしているという状況である。
金のさらさらした髪、少し青味がかった瞳、白く細い体。繊細な指の先。
ゾロの恋した相手は、サンジだった。
never give up!
いくらゾロが恋愛方面に疎いとはいえ、自分が彼にそう好かれていないだろうということには気づいていた。
それならそれで、結ばれるためには他にいくつも方法があるし、例えば急に押し倒すとか、などと、楽観的にではあるが。
しかし、それも時がたてば段々と不安になる。
何せサンジと来たら、毎日ナミとロビンに色目を使い、ルフィに纏わりつかれ、ウソップとチョッパーを何かと気にかけ、そこそこ他の奴らとは仲良くしているくせに、自分とは喧嘩しかしないのだ。
それもある意味では特別扱いかもしれなかったが、ゾロは、自分と同じ感情を、サンジからも自分に向けて欲しかったのだ。

(…マジで、いっそのこと押し倒すか?)
とある島に停泊した夜、ゾロはハンモックの中でそんなことを考えていた。
ゾロの中には、肉体関係イコール両思い、という厄介な思い込みがあった。相談する相手もいないので、それが間違っているということには気づかない。
せっかく久しぶりの上陸だというのに、今日自分は船番だった。当然サンジはレディ…つまりナミとロビンと共に行ってしまい、夕飯の後まで帰ってこなかった。ゾロは本当に久しぶりに、サンジ以外の飯を食べた。ウソップとチョッパーが、弁当を買ってきてくれたので。腹は膨れたが、やはり何かが足りないと思った。
しかし明日は、ナミとロビンはルフィと三人で行動をする予定なのだ。それは両手に花なんていうものではなく、ただルフィの服が足りないからというそういう理由らしい。そんな話を昼間していたように思うが、ゾロはその時昼寝の真っ最中だったのであまり記憶にない。
それはつまり、サンジが女たちと行動を共にしないということに他ならない。ちなみに船番はウソップの予定だ。
そして、ナミたちは一日陸に宿泊するというのも聞いた記憶がある。
つまり、偶然を装ってサンジと街中のどこかで会い、迷った振りをして自分たちも一緒に宿を取れば…完璧ではないだろうか。
「よし」
ゾロが完璧な作戦ににやりと笑い、妄想の中でサンジを押し倒したその瞬間。
「何が良しなんだ」
「っ!?」
思わぬ方向から声をかけられ、ゾロは驚いてハンモックから落ちる。
「はは、天下の大剣豪サマも、重力には負けるってか」
「アホコック…」
「誰がアホだ、誰が。このクソマリモ」
苦々しい顔でゾロを睨み付けたのは、先ほど妄想の中で服を脱がせかけたその男だった。もちろん、現実のサンジは服を着ているが。
「…チ」
「何だ?いい夢でも見ていたか。こちとら明日の朝飯の仕込みで遅くなったってのによ…ふぁ」
大あくび。ちょっと潤んだ目元が色っぺェな、と思ったり。
しかしそれ以上の会話をサンジは望まないらしい。もそもそと自分のハンモックによじ登り、掛け布を体に巻きつける。
スーツの上着を脱いだワイシャツ一枚の体はやけにセクシィだ。少しよれた襟から除く白く細い首が、月明かりに仄かに浮かび上がる。
「…おい」
向こうを向いたままで声をかけられ、ゾロは驚いた。見ていたのがバレたのだろうか。
「…明日は、お前も陸に上がるんだよな」
「…ああ」
話の流れがわからないので、ゾロは頷くだけに留めておいた。
「…一緒に、行かねェか?」
「あ?」
唐突に言われ、一瞬意味を見失ってゾロは間抜けな声を上げる。
じれったくサンジがハンモックの上で器用に向きを変え、ゾロを見た。
「だから!一緒に上陸しねェかって言ってんだよ!」
「っ…」
むにゃ、とルフィが寝言を言った。
「…」
「…」
起きたわけではない、ということを確認し、サンジは声のトーンを落とす。
「…今日、俺ら町見てきただろ。行きてェ店があったんだ」
「…女たちと一緒じゃなく、俺と、か?」
「そう言ってんだろ」
サンジは、また向こうを向いてしまった。
「…でも、お前が行きたくねェなら…」
無理には誘わない、と言いかけた台詞を遮り、ゾロは口を開く。
「行く」
「…?」
「テメェが行きてェなら、一緒に行ってやるよ」
ほ、と。背中を向けていた肩から力が抜けるのが分かった。
「さんきゅな」
「おう」
「じゃ、また明日」
早起きしろよ、とサンジは言って、会話はそこまでになった。
鴨がねぎをしょってきたというのは、こういう状態だろうか。少し違う気もするが。
ゾロは、楽しいショッピングとそれから夜の過ごし方について綿密な計画という名の妄想を繰り広げ、眠れない一夜を過ごすことになる。


「どーしたんだ、ゾロ?顔色悪いぞ?」
「…いや、別に何でもねェ」
ルフィに顔を覗き込まれて、慌てて目をそらす。
「大丈夫?まだ寝てた方がいいんじゃないかしら」
「船で休んでた方がいいんじゃねェか?っていうかおれ一人じゃ船番不安です」
「馬鹿ね、そんなんじゃ全然休めないでしょ」
「頭痛か?腹痛か?おれ診察するか?」
「…いや、いい」
年がら年中寝不足の剣豪は、一晩を妄想に費やしてしまったことを、頭痛をこらえながら後悔した。

「よし、行くか」
ナミたちが出発してから数分後、財布の入ったポーチを腰につけ、サンジが言った。
いつものスーツ姿ではなく、ティシャツに細身のジーンズ、細い銀のネックレスとブレスレット。ラフだが、彼らしいシンプルなおしゃれだった。
ゾロは、ふと自分の服装を見下ろす。いつものシャツに緩めのズボンと腹巻。果たして、こんなサンジの横に立っていていい服装かどうかは分からなかったが、まあいいか、とゾロは思った。
「んじゃ、行ってくるぜ」
「おう!喧嘩すんなよー」
「馬鹿、しねェよ」
サンジは船番のウソップに片手を挙げて微笑んでいる。
(喧嘩は、しねェ)
ゾロは、その部分を心の中で反芻した。
これは、どういうことだろう?つまり、自分は嫌われていなかったということだろうか。もしかしたらあれは照れ隠しだったのだろうか、と考えた。
「…ロ」
だとしたら、これは嬉しい誤算だ。ひとつ、手間が省けたことになる。
「ゾロ!」
「…あ?」
「道はこっちだ!」
10歩ほど後ろにいたサンジを振り向いて。
ゾロはぼりぼりと頭をかいて、その距離を5歩でつめた。

細い通りを抜けていく。
道には、アクセサリィ屋や雑貨屋、古道具屋などが立ち並び、そう言った物が特に好きなわけでもないゾロの目も楽しませた。
サンジはさらにだ。細かいものが好きなのか、そう言った店頭にある道具を手に取ったり、店主に何か質問をしたりしていた。
ありがとう、という声が聞こえた気がする。何かを手に、サンジは駆け足で戻ってきた。
「やる」
「ん?」
手渡されたものは、袋に入った小さな石。
「お守りだとよ」
「へェ」
テメェ怪我多いから。チョッパーをあんまり心配させんなよ、とサンジは横を向いて、照れたように言う。
「…大事にする」
「おう」
ゾロは、それを大切に腹巻の中にしまった。
サンジが少し引いたような目で見ていることには気づかなかった。

「で、目的の店ってのは?」
しばらく歩いても、まだその店とやらには着かない。
少々焦れて尋ねるゾロに、もう少し、と答え、サンジが目を凝らす。
「ああ、そこだ」
ほっとしたように指差した先を見て、しかしゾロは軽く目を見張る。
そこにあったのは、長蛇の列だったからだ。
特に、女性が多い気がする。若い者から、そう若くないものまで。男も数人いるにはいるが、どうやら女の付き添いのようだった。
「…ここか?」
「ああ」
こんなに女性が多いなら、自分よりナミやロビンと来たほうが良かったのではないか、と少し思う。
「何だ?この列は」
「秘密。さ、とりあえず並ぼうぜ。もう、意外と混んじまってる」
サンジがゾロの腕を握った。そのまま、引っ張られるように列の後ろに並んだ。すぐに次のものが並んでくる。
「つめろ。次のレディが並べねェ」
また腕を引かれ、体の側面が密着する。暖かい、と思った。思わずその腰に手を回す。はたかれた。
「何すんだよ」
「いや…テメェがひっつけっていうから」
「誰もンなこと言ってねェよ。つめろって言ったんだ」
しかしぎゅうぎゅうと体は押し付けてくる。腰に回しそこなった右手を持て余しながら、ゾロは下半身に集中してくる熱をも持て余すことになった。
そこからの記憶が、実はあまりない。
密着しながらたわいもない会話をしていたことだけは確かだ。本当に当たり障りのない会話。主に、料理の話をした気がする。あれはおいしかったとか、あれは好みじゃなかったとか。
「そうだ、おれぁ昨日、久しぶりにテメェ以外の飯を食ったぜ」
「へェ?」
「ウソップとチョッパーが買ってきてくれた弁当だ。まァ腹には溜まったが…お前の飯が一番だな、やっぱり」
「だろ?」
得意げに微笑む姿が、ああ何だかかわいいなと、同じ年の同じ性別の相手に持つには少々危険な感情を呼んだ。
「あ、進むぜ」
しかし、また腰を抱こうとした手はその寸前で止めざるを得ない状況を呼ぶ。
開店まであと三分!という、店員の声が聞こえた。ほんの少し、列が動く。
「いいか、店に入ったら別々の場所を目指す。目的地は二つあるからな」
「ん?」
「聞け。…ここだ。お前はここを目指し、これを取って来い」
サンジは、いつの間にか取り出した何かのチラシを指差しながらゾロを見上げる。
「入り口から近いほうが激戦区となる。お前は力技で手に入れろ。おれは、奥までひとっ走りしてくるから」
ゾロはその紙を覗き込んだ。
サンジの指示する、ゾロの目的地とやらの所には細かい文字が書かれていた。
ゾロは、それを読む。
「卵タイムセール!お一人様1パックまで!」
開店でーす!という店員の声が響き渡り、そこは主婦とその哀れな連れの、戦場となった。


「…」
「いやー!充実していたな!」
明るい声で、サンジはゾロに微笑みかける。
「いいサンマと大根も手に入った。やっぱ旬のものは安いなァ」
「…」
「お?それジャガイモ詰め放題か?結構詰めたなお前」
「…」
「ああ、しかしこの辺が空いてんじゃねェか。やっぱりこういうのは器用な『アイツ』の得意技だな」
「…」
ゾロの両腕には5つずつのスーパーの袋がかけられていた。サンジの方は、3つずつと両腕で抱える一つ。
その中からゾロの買ってきたものを一つ一つ覗き込んでは、何やかんや言っているのである。
「だがお前と二人で来たのは正解だったな。お前体力はあるからなァ、『アイツ』と違って」
「…」
「お前、お一人様1パックに1、2、3…えーと、何回並んだ?」
「…5回」
レディと呼ぶにはトウの立ちすぎた女性たちに押されながら這う這うの体で死守した1パックを持ってサンジのところへたどり着くと、彼は言ったのだ。どうせ店員はいちいち顔なんか覚えてねェんだから、もう一回行って買ってこい、と。
主婦や主夫や料理人の事情は知らないが、これはルール違反なのではないかなあとは思うものの、周りも同じことをやっていたようなので別にいいのだと自分を無理やり納得させた。
自分にはわからない、彼らのルールがあるのだろう、きっと。
それに、そんなことより。
「おれが8回だから…良し良し、結構買えたな。こんだけありゃ…まあ『アイツ』に分けてやってもいいだろ」
先ほどから度々サンジの口から親しげに出てくる『アイツ』。
そう呼んでいるとき、ちょっとだけサンジが幸せそうな顔をする『アイツ』。
ジャガイモ詰め放題が得意な『アイツ』。体力のない『アイツ』。料理人でもないのに卵を欲しがる『アイツ』。
「…」
ついでに、今日の夕飯はメリー号に帰って取るらしい。生魚を買ったのは、そういうつもりだろう。
しかもサンマに大根と来たものだ。『アイツ』の好物ではないか。
「一人で寂しがってんだろうなァ、アイツ。早く戻ってやろうぜ」
出かけるときの「喧嘩はしない」発言は、争いごとを嫌うアイツのための虚言なんじゃないかとさえ疑ってしまう。
「ゾロ」
つまり騙されていたのか。違う、ただ、気づいていなかっただけ。気づかなかっただけ。
「悪ィな、今日はつき合わせちまって」
ああいうの苦手だろ、と言われ、いや、と答えた。
「でも、テメェとこうやって過ごすのも、意外と悪くねェもんだな」
サンジは、そう言って微笑んだ。
ごそごそとジーンズのポケットを漁り、何かを取り出す。
「今日の記念」
それは、先ほどゾロに渡されたものと同じ形の、違う色の石。
それを持って、サンジが微笑んだから。
「サンジ」
「うお、どうしたお前?テメェがおれを名前で呼ぶなんて、ろくなことじゃねェぞ」
にや、と笑って腹巻をさする。
「おれも、大事にしてやる」
一瞬何か怯えたような顔をしてから、サンジはそうか、と引きつった笑顔を浮かべた。
「じゃ、じゃあ、帰ろうか」
くる、とサンジは背を向けた。
その視線の先に誰がいるのかは知ってしまった。
しかし、諦めてやらねぇぞ、とゾロは思う。
なぜなら、サンジは知らない、ゾロに渡されたその石、そしてサンジの持つその石の色には意味があったから。
(「いつか必ず叶う想い」。そして、「貴方を見ている者がいる」。)
ゾロは腹巻に大事にしまったそれを撫でながら、サンジの背を見つめてにやりと笑った。
自分がターゲットになったことさえ知らず、サンジは1パック80ベリーのお買い得品を抱え、微笑んでいる。
(まァ、いざとなったら二人まとめて押し倒してやればいいだけさ)

その後、一人で船番をしていたウソップが怖かったよーと最初にゾロに抱きついたとか、確かにさっき何かがヤベーセンサーに強い反応があったんだとか騒いでサンジを苛立たせ、今夜の夕飯がサンマと大根おろしとキノコのフルコースになったのは、また別の話。
 
い、今起こったことをありのままに話すぜ…
「デートかと思ったらタイムサービスセールだった」
何を言っ(ry

展開が構想とかなり変わってしまった…
本当は列に先回りしたウソップが並んでて、ありがとう!と喜ぶサンジとハグしながら困惑するゾロににやりとする黒ウソを書こうと思ったのに!
黒ウソはアリだと思いますし、ついでにクロウソもありだと思います(黙れ
 
戻る