ぱたん、と扉が閉まったのを見届けた後、サンジはゾロににやりと笑いかけた。
「…おれの勝ちだな?」
ゾロは答えない。
むっつりと黙り込んだまま、目の前に出された茶をすする。
「だから言ったろ。あいつは、おれが好きなんだって」
「…名前は、言ってねェ」
「金髪で細くて白いんだろ?そんなの、どう聞いたっておれじゃねェか」
「テメェは知らねェかもしれねェが、あいつのお嬢様の特徴だ、そりゃァ…」
カヤ、というそのレディの話なら何度も聞いた。
だが、その名を呼ぶときの彼の口調は、まるで妹か娘のような音で。
ゾロの聞いたような、切なさや愛おしさを込めた音ではなかった。
「…自信があるみてェだな」
テーブルを片付けるサンジの横顔を睨むような目で見ながら、ゾロが口を開く。
サンジはちらりと視線を向けて答えた。
「そりゃァな。お前が真っ直ぐ行って振られたんだからよ」
「だったら今すぐ行って来い。アイツ、多分お前はおれを好きなんだと思ってるぜ」
「げ、マジかよ」
思わず口からタバコを落としかけ、慌てて持っていた皿をその下に差し出した。
それは皿に残っていたソースに落ち、じゅ、と軽い音を立てた。
「それはまた…面倒な間違いを」
「テメェの態度が悪ィんだろ」
「テメェには言われたかねェよ」
サンジは一旦皿をテーブルに戻し、椅子に腰掛けた。
新しいタバコを取り出し、灰皿を引き寄せる。
一服。
「…ったく…なんで気付かないかね…」
サンジは、タバコの煙を吐き出した。

牽制のつもりだった。
ゾロの好意は分かりやすい。その目を向けられていれば、何を望まれているのか、口に出さずともわかるだろう。
サンジは、そう言うのが苦手だった。即ち、分かりやすく態度に出すことが。
だから、ウソップの前でゾロを睨みつけ、いつもは出さない菓子を出してやったり。
それがサンジの、精一杯の好意の示し方だったのだ。
だがどうやら、それは逆効果だったらしい。
何事もネガティブに考えることにかけて右に出るものはいないという彼は、それは何かの企みの上にある好意に見えてしまったようだった。
例えば、それを見ている相手に嫉妬させる効果とか。
ウソップが、段々自分を避けるようになったと思った。
それからやっと、自分をゾロと二人きりにしようとしていることに気付いた。

「…アイツは、馬鹿だな」
サンジの呟きに、
「今更だな」
ゾロが、苦笑した。
サンジも苦笑を返し、短くなっていたタバコを灰皿に押し付ける。
「さて…扉の向こうでしょんぼりしてる奴を迎えに行くかね」
「おれはストレートに行って玉砕したわけだが、お前はどうする?」
「決まってるだろ、おれも直球だ」
「随分と自信があるんだな」
ゾロの声は、彼にしては珍しいことに皮肉気だった。
立ち上がり、扉に手をかけていたサンジは振り返る。
「もし、アイツの好きな奴ってのが、アイツの村のお嬢様だったらどうする?」
「そりゃあ、麗しいレディは万国共通で愛でなければいけないものだからな!」
「アホか」
両手を広げ、オーバーに言い放ったサンジに、ゾロは冷たい視線。
サンジは肩をすくめてから扉に向き直り、そして小さな声で続けた。
「…だけどな、ウソップはおれが好きだよ」
その自信にゾロが片眉を持ち上げるのとほとんど同時に。
「そうだろ?ウソップ」
サンジはそう言って、扉を開いた。
「うおッ!?」
その外で、扉に押されて後ろに転んだ男が一人。
「さて、答えを貰おうか」
「あ、う、サンジ…」
尻餅をついた体勢でサンジを見上げるのは、もちろんウソップで。
「え、えーと…」
「マリモには間髪いれずに答えたんだろ?ほら、おれにもすぐに答えてみろよ」
「…っ…ちょ…」
「ちょ?」
「ちょっと用事を思い出したからまたあとでな!」
「あ、こら待て!!」
脱兎のごとく。ウソップは立ち上がって階段を飛び降り、操舵室へと走りこんでしまった。
驚いたらしいルフィの声なども聞こえてきたが、もうサンジには聞こえていなかった。
「…さて、マリモくん。今の奴の反応を見て、どう思った?」
「…」
サンジは勝ち誇ったようにゾロを見てにやりと笑う。
しかしその笑顔の中に安堵と、そして抑えきれない本当の嬉しさがあるのをゾロは見抜いていた。
逃げていったウソップの顔が真っ赤になっていたことと、そしてすぐにサンジの告白に答えられなかった意味。
そして、ゾロの告白を断ったときの、あの寂しそうな笑顔。
「…コック」
「ん?どうした、マリモ?」
「アイツを余り、いじめてやるな」
振り返ったサンジを、真っ直ぐに見る。
「おれは、いつでも奪いに行くぞ」
サンジもにやりと笑い返した。
「上等!」

サンジの告白に答えるのか、それともこのまま逃げ続けるのか。
子羊の命運は、彼自身に委ねられた…わけだが。
どちらに転んでもまだまだあいつは大変そうだ、と人事のようにゾロは思った。
 
蛇足的救済措置サンジ編。
サンジ→←ウソ←ゾロでした。
救われたでしょうか…むむむ。
幸せとか甘いとか難しい。

この後、多分狙撃手は料理人に追いかけ回されて、
男部屋か格納庫に追い詰められるんだと思います。
 
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