キッチンの扉の向こうにこそこそとした気配があるのに、サンジは気付いた。
(また、あいつらか…)
その気配の持ち主等に思い至り、サンジはため息をついた。
さっき撃退したばかりだというのに、まだ懲りないらしい。
気配に気付かない振りをしてボウルの中身をあわ立てていると、大胆にも気配はキッチンの扉を開けたらしかった。
キィ、パタンとキッチンの扉が動く音。
気配を殺して―いるのだろうと思う―近づいてくる存在が、すぐ背後に来るまで気付かない振り。
そして、足音を忍ばせて背後まで近づいてきた瞬間、
「このクソゴムに長ッ鼻ァ!今度こそ許さねェぞ!!」
「うわぁッ!?」
しかし、サンジ必殺の蹴りは空を蹴る。
悲鳴は、想像よりも下から聞こえて。
「…ッ!?」
「ご、ごめんサンジ!許してくれーッ!!」
足を下ろして視線も下ろすと、そこには、最近仲間になったばかりのその小さい姿がうずくまっていた。
コックとトナカイと
甘いもの
「悪かったって、お前だとは思わなかったんだ」
数分後、キッチンのベンチに座ってしょんぼりしているチョッパーに、サンジが謝っている状況がそこにあった。
「ほんのちょっと前に、ルフィたちがつまみ食いしに来たんだよ、だからまたあいつらかと思って…」
「おれは、ただ、いい匂いがしたから…」
「だから、悪かったって謝ってるだろ」
「…うん」
そのサンジの言葉に、チョッパーはやっと頷いて顔を上げた。
「…なァ、サンジは、仲間でも蹴るのか?」
先ほどの、チョッパーがキッチンに足を踏み入れたときの蹴りのことだろう。
確かに、相手がゴムだと思っていたからかなり本気の蹴りをお見舞いしていたのだ。
あの殺気と気迫を、仲間になったばかりのこの小さな体で受ければ、それは恐怖もあるだろう。
おどおどと見上げてくる視線に、サンジは優しく笑顔を向けてやった。
「蹴るさ。だが、コックのテリトリーに無断で入って、勝手に飯をつまみ食いするような奴に、な」
「そっか…。おれもキッチンに勝手に入っちゃったけど、おれも蹴るのか?」
「お前は、…確かに無断で入ってきたが、つまみ食いはしてねェだろ?」
「おう」
「じゃあ、未遂ってことで今回は許してやる」
「っありがとう!」
そんなに喜ばれるよなことはしてねェと思うが、という言葉をサンジは飲み込んで、代わりにピンクの帽子かぶった頭を撫でてやった。
「でも、本当にいい匂いだな!何作ってるんだ?」
ボウルを抱えてクリームをかき混ぜるサンジに、チョッパーが小首をかしげて問いかける。
人間のサイズに合わせて作られたベンチは小さなトナカイには大きすぎるが、ぶらぶらと足を揺らしながら座るのは気持ちがいい。
チョッパーの問いかけにサンジは振り向かず、代わりに白いクリームをまとった泡だて器を肩越しに振ってみせた。
「ケーキだ」
「ケーキ?今日は誰かの誕生日なのか?」
「いや、そういうわけじゃねェけど」
「?そうじゃねェのに、ケーキを食うのか?」
チョッパーは大きく首をかしげた。
思わずサンジは苦笑して振り向く。
「そうじゃねェと、ケーキを食っちゃいけねェのか?」
「そういうわけじゃねェけど…」
納得いかないようにチョッパーが語尾をぼかす。
少し考えたあと、その続きを口に出した。
「…ケーキって、誰かの誕生日に食うもんだって思ってた」
「確かに、普通はそうかもな」
サンジは口角を上げて笑い、泡だて器を振って見せた。
「だが、これはレディのおやつ用だからな、誕生日とか関係ねェんだ」
「レディ用?」
「ナミさんとビビちゃん用ってことさ」
「じゃあ、おれは食えないのかぁ」
チョッパーは乗り出していた身を引っ込め、少し残念そうな口調で言った。
「食いたかったか?」
「おれ、甘いもの大好きなんだ。でも、ドクトリーヌはそうじゃないから…」
チョッパーは、それが癖なのか帽子に手をやり、つばを押さえるようにして言葉を続ける。
「あんまりケーキ食べたことねェんだ。だから、ちょっと食いてェな」
「そうか。だがこりゃナミさんとロビンちゃんのでね」
「うん…分かってるよ」
分かってはいたが、やはりサンジの口から冷たく言われるとやはり寂しい。
チョッパーは、少し俯いた。
しかし、サンジはそんなチョッパーに気付かないように、クリームをあわ立てる手を止めない。
「そう、これはナミさんとロビンちゃんに二つづつ作ってるんだ」
ちょうどその時、チンという音が鳴る。オーブンが、ケーキの焼き上がりを告げたのだ。
サンジはミトンをつけてオーブンを開け、その中から湯気の立つものが乗った鉄板を取り出す。
その鉄板の上には、6つのカップケーキ。
「ナミさんとロビンちゃんに二つずつ…と」
4つを皿にとりわけ、残りの二つには適当にクリームを乗せる。
そして、クリームを乗せたうちの一つを小皿に取って、チョッパーの前に置いたのだ。
「サ、サンジ!これナミとロビンのだろ!?」
「ナミさんとロビンちゃんのは2個だって言ってるだろ」
丸いケーキの頂上に、適当に白いクリームが盛られたそれ。
「味見用に、多めに作ってたんだよ」
そう言いながら視線を逸らせたサンジとケーキとを、チョッパーは交互に見る。
「ほら、冷めねェうちに食え」
「う、うん」
チョッパーは、それを両手で慎重に持ち上げ、恐る恐る小さくかぶりついた。
「っうめェ!!」
「クソ当たり前ェだ」
ぱぁっと顔を輝かせたチョッパーに、サンジはにやりと笑いかける。
そこからチョッパーは、その小さなケーキを口に収めることに夢中になった。
サンジはチョッパーの向かいのテーブルに着き、それを眺めていた。
「ごちそうさま、サンジッ!」
そして、最後のひとかけまで名残惜しそうに舐め取ってから、チョッパーは満足げに顔を上げてそう言った。
「お粗末様」
そう答えてサンジは、そのピンクの帽子をもう一度撫でてやった。
「おいサンジィ!チョッパーだけずりィぞ!!」
「そーだそーだ!チョッパーだけずりィぞ!!」
そう叫びながら扉をばたんと開けたのは、もちろんさっき蹴り出したばかりの盗人二人組みに他ならない。
「ルフィ、ウソップ!」
チョッパーが驚いて立ち上がる。
しかしそんなチョッパーにも目をくれず、ルフィの目が捉えたのはテーブルの上にある、もう一つの無造作にクリームが塗られたそれ。
「あーッ、もう一個あるじゃねェか!」
「おれにくれよそれ!おれ昼飯あんまり食ってねェからもう腹減って腹減って…」
「ってオイ、お前おれの昼飯まで食っといてそう言うか!?」
ぎゃあぎゃあと急にうるさくなったキッチンで、望まずに火種となってしまった小さなトナカイはおろおろと二人とサンジの間を視線を回す。
「…はァ。仕方ねぇな」
大げさにため息をついたのはサンジ。
テーブルの上のケーキを手に取り、大きく振りかぶって。
「分けて食えよ!」
「寄越せウソップ!」
「だ、駄目だ!てめェにはやるかァ!!」
「一口だ!一口でいいから寄越せ!!」
「馬鹿野郎、ゴムの一口を信頼できるかァ!」
投げられたそれを受け取ったウソップと、それを奪おうとするルフィは、もつれ合うようにしてキッチンから出て行った。
「…ッたくアイツらときたら…」
呆れた口調で、サンジが呟く。
「よ、良かったのか?味見の分、あいつらにやっちゃって」
「いいも悪いも…」
もう一度呆れたようにため息をつくサンジを見て、そうだ、とチョッパーは思う。
そして思い切って、テーブルから身を乗り出し、サンジの頬を掴んで自分を向かせると、
「…っん!?」
「…ッ!」
しばらくそのままで、そしてようやく押し付けていた唇を離す。
「ど、どうだ?少しは味、わかったか…?」
「ってチョッパー、お前今何を…」
「まだ口ん中に甘い味が残ってたから。少しは伝わるかなァと思って…」
駄目だったか?と首をかしげるチョッパーに、サンジは遅れて赤くなった頬を押さえて俯く。
「サ、サンジ!?どうした!?具合悪いのか!?」
「…いや、何でもねェ」
「何でもって顔じゃ…」
「いいから。…てめェ、他の奴に今のコト、すんじゃねェぞ」
「…?今のコト?」
「味のおすそ分けだ」
「…?何だかわかんねェけど、わかった」
「いい子だ」
頷いたチョッパーの頭を、サンジはまた撫でた。
チョッパーは、子ども扱いだなあと思ったが、黙っていた。代わりに口に出したのは問い。
「…甘かった?」
「おう。クソ甘かった」
サンジは顔を上げて、にやりと笑って答えた。
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さ…サンチョ。
ぐあああ思ったよりも甘くなりまし た!
黒いことを考えるも、ちょぱの天然さにきゅんときちゃうコックさん、みたいな二人がいいな!
そして関係ないのですが、サンジとチョッパーをからませると、なぜか船長と狙撃手をからませたくなる。なぜだ。
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