「あー寒ィ寒ィ」
本日の夜の見張り当番はサンジ。
高い見張り台の上、一人毛布に包まって辺りに気を配る。
見える範囲に敵はいないが、何処からだって何かが現れる可能性はある。
だが、やはり何も現れない可能性のほうが大きいわけで。
「あー…眠ィ」
そう呟いたときだった。
「…ん?」
ごそごそと下で音がする。
毛布に包まったまま器用に移動し下を見下ろすと、見張り台の下に見慣れたクセッ毛が見えた。
「お?」
視線に気付いたのか、顔を上げたウソップに、サンジは片手を挙げる。
「よ、まだ起きてたのか」
「何か眠れなくてな。ここに来りゃあ、お前が起きてると思って」
「寝てたらどうする気だったよ」
「そりゃあたたき起こすだろ、寝ず番め。そうだ、こないだ新しく目覚まし時計開発したんだよ」
「そりゃ、あのマリモの耳元に仕掛けてやれ」
「そうだなあ、最初にあのパワーアラームクロックの餌食になってもらうのは、やっぱゾロかなあ」
見張り台の上と下とで声を張って会話。
しかし今は誰もが眠る丑三つ時前。あまり大声で会話をすることはできない。
「とりあえず上がってこいよ、そのつもりだったんだろ?」
「まあなっ」
ごそごそと毛布をかぶったまま元の位置に戻り、はしごの軋む音を聞く。
すぐに見張り台の縁を乗り越えて、ウソップが現れた。
「へい、差し入れ」
「何だ?」
密閉された筒のように見える。上部をひねると、蓋になっていたようで、すぐに外れた。
途端に香る香りは、嗅ぎ慣れたもので。
「お、コーヒーか」
「寒ィし、暖けェもんあったら嬉しいかと思ってさ」
「っつーか、この容器自身がいいな。蓋しっかり閉まるし、保温性よさそうだし」
「持ち運びに便利かと思って作ってみた。スープとかさ、弁当にできるぜ」
「ルフィが喜ぶな。今度量産しといてくれ」
「おうよ!任せとけ!」
胸を叩くウソップの横で、コーヒーを一口すする。
「あ、意外と美味ェ」
彼が入れたのならと余り期待はしていなかったのだが、口に広がる味は予想以上だった。
「いやー、ネタバレするとよ、ロビンが入れてくれたんだ」
「ぬぁにぃ!?そういうことは早く言え!」
料理人は、『意外と』とか言ってしまった自分を呪った。
「ああ、天使の味だ!ロビンちゃんに入れてもらったコーヒーが飲めるなんて、ボカァなんて幸せなんだろう!」
「なんて。実はゾロが入れたんだ」
サンジは海に向かって容器を放った。
「…っていう方が嘘なんだけどな」
「テメェ!ロビンちゃんが入れたコーヒーを返しやがれ!!」
「こんな嘘に簡単に引っかかるなよな!」
おれも容器なくされたからおあいこだ、と言うウソップの声に、仕方なくサンジはその胸倉を掴んでいた手を離した。
握られたせいでしわのよったティシャツを伸ばしながら、ウソップは上目遣いでサンジを見る。
「…っていうか寒ィんですけど」
「だから何だよ」
「サンジさんは毛布をかけてますよね」
「だから何だよ」
「おれ様は、上着とかなーんにも持ってないわけですけどね」
「だから何だよ」
「海風寒いなーとか。だけど毛布一枚しかないなーとか。平たく言えば、その毛布におれも入れろっていうか」
「…はァ」
ため息をつき、嫌々、面倒くさそうな顔をして毛布を少し広げてやると、ウソップは嬉しそうに寄ってきた。
何が嬉しくて男と寄り添って毛布に入らなければならないのか。
しかも二人入った事で、毛布と体の間に隙間が空き、空気がとても冷たい。
「うはー、寒ィ寒ィ」
「あんまり擦り寄るんじゃねェ!」
「だってよー、間空いてると寒ィんだもんよー」
確かにくっついていた方が暖かいは暖かい。
(…まァ、誰が見ているわけでもねェし)
湯たんぽ代わりだと思って、仕方ないので、我慢してやろうと思う。
寒い寒いというくせに何故かいつものオーバーオールなせいでむき出しのウソップの腕が、サンジに触れた。
…湯たんぽどころか、これでは氷嚢だ。
「星が綺麗だな!」
だけど、その冷たい温度に慣れきったウソップは、空なんかのんきに見上げてそんなことを言うもんだから。
「お、何だサンジ?おれには寄るなって言ったクセに」
「うるせェ。間開いてると寒ィんだよ」
体の側面をぴったりくっつけると、ウソップはへへ、と照れたように笑った。
触れた所から、広がる冷たさと暖かさ。
「…星、綺麗だな」
サンジも空を見上げた。黒い夜空ときらきらと光る星たち。
冷たい夜風。
冷え切った体の持ち主は、しかしその毛布の下からサンジに遠いほうの片手を伸ばす。
「あの星とあの星と…」
「ん?何してんだ?」
「ほら、あの辺の星繋いで…できた、サンジの眉毛座!」
「あァ、何だそりゃ!?じゃああそこの星繋いで長鼻座だ!」
「どれだよ、わかんねェ!」
「おれだってわかんねェよ、どれがおれの眉毛座だって?」
「ほら、あれだって!」
そう言いながら腕を掴んできた手のひらはまだ冷え切っていたけれど、触れた側の腕は、もう温かくなっているから。
「だから、どれだよ」
「あー?じゃ、もっかいなぞってやるから今度こそちゃんと見ろよな!」
早く湯たんぽになればいい。
そんなことを思いながら、サンジはもう少しだけ、ウソップの方に体を伸ばした。