風のない屋内は、細かい作業を行うのに向いている。
外で行えば簡単に吹き飛んでしまう小さな木片や布きれ、ネジの一本も、思い通りに動かせるのだ。
それを知っているからウソップは、窓も戸も閉めたメリー号のキッチンに携帯式の工場―木箱と布からできている―を持ち込むことにした。
ただ一つ誤算だったのは、キッチンでは暇を持て余したコックが一人で新聞を読んでいたこと。
場所借りるぞ、と入ってきたウソップに向けられた目は、良い暇つぶしを見つけた、という喜色に溢れていたのだった。
風の、強い日だった。
強風は 部屋の中にこそ
「おい、何作ってんだ」
「んー」
「なあ、おい」
ウソップの背を抱え込むようにしながら、サンジはその肩越しに彼の手元を覗き込む。彼の手にあるのは、細長い棒と小さな金具だった。棒の方は、どうやら刀の鞘らしい。
「ゾロのさァ、刀の鞘んとこの飾りが」
気に食わない相手の名前を聞いたサンジは、ウソップの手を払った。
「あ、こら」
カランカランと綺麗な音を立て、木でできた鞘は床を滑っていく。それを追おうとしたウソップは、しかしサンジにしがみつかれていて動けない。手を伸ばしても足を伸ばしてみても届かない距離まで鞘は転がってしまった。
はあ、とため息をつき、まだ握り締めていた飾りの方を手元の道具箱に放り投げる。
「…取れちまったからな、直してくれって言われたんだよ」
「いいだろ、クソ剣士の言うことなんて聞かなくて」
「言うこと聞いてんじゃなくて、お願いされたから引き受けたの」
言うだけ言って、ウソップは手を伸ばして道具箱を引き寄せると、その中をあさり始めた。
まるで、話は終わりとでも言いたげな様子に、サンジは面白くない。
「じゃあ、お前はおれがお願いしても聞いてくれるわけ?」
「内容によるよ、そんなの」
どうやら、探していたものを見つけたようだった。金具のついた皮の帯とナイフと錐。
「それ何?」
「ナミのベルト。気に入ったから買ったんだけど、緩すぎるんだとよ」
ちょうどいい長さに切って穴開けてくれって、と皮帯から目を離さずにウソップは答えた。
「ここここ、これがナミさんの麗しいウェストに…!!?」
「興奮するなっての」
「おい長ッ鼻、絶対ェミスすんじゃねェぞ!!」
「わかってるよ。ミスしたらナミに怒られんのはおれだぞ」
この間中、ウソップはずっとサンジに背を向けている。よく考えれば当たり前だ。サンジは立てた足に挟むように彼の背を抱いているので、首を思いっきり回さなければ目を合わせることはできない。そもそもサンジはウソップの肩に顎を乗せているから、目を合わせるのはほぼ不可能だ。だけれど、サンジは妙にそれが気に障った。
「…おいテメェ、こっち見ろよ」
「今集中してるから無理」
「マリモの言うことは聞けて、おれの言うことは聞けねェのか?」
「だから、ゾロのは『お願い』なんだって。おやつ一回分譲ってくれたし」
「じゃあ今度、特別デザート作ってやるよ」
「本当かァ!?…だけど、ちょっと待ってって、マジで。すぐ終わるし」
ウソップは振り返らない。痺れを切らしたサンジは、肩を抱いていた腕を首に回し、軽く締めてやった。
「うご!?や、やめろ、苦し…」
「こっち見ろって言ってんだろ」
「死んじゃう、サンジ、苦し…、ヤメテー…」
もちろん手加減して、である。それをわかっているから、ウソップの悲鳴も泣き声が混ざりながらもふざけた調子だった。
酸欠に赤くなった耳を噛むと、びく、とその背がはねる。それが面白くて、サンジの唇は耳から耳の裏を伝って、首筋へ。空いている片手は、わき腹を撫でてやる。
「ぎゃあ!?ちょ、サンジ、何して…」
抗議の声は耳に入らない。そしてひときわ強く、首の後ろに痕をつけた瞬間。
「…あ!」
ふざけている調子とも色気とも無縁の声が上がった。
「やべ、ちょっと待って、サンジ」
その声が素のものだったので、サンジは首を絞めていた腕を緩めてやる。
「どうした」
「切った」
初めて振り向いた顔は、眉をハの字にした困り顔だった。
差し出してきた手は、人差し指と中指が真っ赤に染まっている。指先に傷口があった。さっき手にしていたナイフで切ったのだろう。大きな傷口の割りに浅そうではあるが、いかんせん出血が派手だった。
「…チョッパーに包帯貰ってくる」
立ち上がりかけたサンジの腕を、ウソップが引く。
「いいよ、舐めときゃ治るって。消毒消毒」
そう言いながら、彼は自分の指を自らの口に運んだ。唇を開き、舌先で赤い指先に触れる。傷口に触ったのか一瞬眉を顰めたが、すぐに少し目を伏せて、血を舐めとっていく。
人差し指の先端を銜え、その間に手首まで流れ出した中指からの出血に舌を這わせ、最終的に二本の指を揃えて口へ。
そこでやっと、サンジに凝視されていることに気付いたようだった。
「…あに?」
もぐもぐと指を銜えながら喋るせいで、発音は不明瞭。
「…いや、お前なんでそんな無駄にエロいんだよ」
「はァ!?」
叫ぶことで、ウソップはやっと指から口を離した。ちゅぱ、という音と、一瞬舌と指先の間にかかった唾液の糸に、サンジは聴覚と視覚を奪われる。
「て、てめ、今、な、なんて…」
「その指そのあとドコにどうすんだ、ってレベルだったぞ今の」
「は、ハァ!?ど、どうって…、な、何にもしねェよ!」
「あ、ほらまだ血ィ止まってねェじゃねェか」
話を適当に切り上げ、サンジはウソップの右手を掴んだ。また赤い液体が膨らみ始めている指先を乱暴にその辺にあった布―多分ウソップの道具箱からこぼれたものだ―で拭く。
「いででで、サンジ、何すんだよ!」
「おれもしてやるよ、消毒」
「ッ!?」
驚いて手を引こうとするのを、手首を強く掴んで止め、自分の唇に寄せた。
そのままの体勢で目だけで見上げてやれば、かちかちに固まったまま顔を真っ赤にしているのが見えた。サンジはその反応に満足して、舌で傷口に触れた。
「痛ッ!?サンジ、や、傷口開く…!」
皮の裂けた部分を唇で広げるようにしながら、溢れる血に舌を押し付ける。錆びたような鉄の味が、口の中に広がった。
「…まずっ」
「当たり前だろ、血だよ、美味ェわけねェじゃん」
サンジの手が一瞬緩んだ隙に、ウソップは自分の腕を取り返した。自分の胸に押し付けるようにして左手で抱え込む。
「あとでチョッパーに包帯貰いに行くから、もう勘弁してクダサイ」
「そんな痕つけてチョッパーに会いに行くつもりか?」
「痕?」
ウソップは首をかしげる。
「…あ!!」
そして、気付いたようだった。さっきまでサンジのしていたことを。血の止まった左手でばっと首元を押さえる。その首から頬から、一気に真っ赤に染まった。
「やりやがったなー!!」
サンジはにやにや笑って悪びれない。頭にきたウソップは反撃することにした。すなわち。
「…お前も同じ目に合わせてやるっ」
「うお、」
一瞬油断していたサンジは、飛び掛ってきたウソップに押し倒される形になった。共々に木箱から滑り落ち、床に当たった背中が痛い。ウソップはサンジのシャツの襟を引き降ろして、そこに顔を埋めてくる。次いで、鎖骨にぷつっという痛み。
「…にしてんだ!」
やっとウソップを転がして引き離したときにはとき既に遅し。持っていた手鏡で首元を見れば、鎖骨にくっきりと噛み付かれた痕。薄く、血がにじんでいる。
「てめェ…」
「逆襲成功!」
ウソップはに、と笑って両手でピースサインを作って見せた。
「これでサンジも、チョッパーに会いに行くことはできなくなったな!」
「馬鹿か、おれァチョッパーに会いに行く用事なんてないぞ」
「あれ?そうだっけ?」
そんなことを言いながらウソップは起き上がり、近くに転がっていた刀の鞘を拾い上げた。
「あーあー、指痛ェからもう作業は出来ねェな。ゾロに怒られたらサンジのせいだ」
拾い上げた鞘を道具箱の方に放り投げて、軽くサンジを睨みつける。
そのころにはサンジも起き上がり、壁にもたれてタバコに火をつけたときだった。
「おう、そん時ァおれがマリモぶっ飛ばしてやるから安心しろ」
「そりゃ、頼もしいこって」
作業を諦めたウソップは、当然のようにサンジに擦り寄るように座り込んできた。サンジはタバコの煙を吐き出しながら、その肩に腕を回す。もう慣れきった、一連の動作。
このあとはお決まりのように唇を合わせ、床に倒れこむのだろう。
どうやら、風の強い日は屋外でも屋内でも作業がはかどらないようだった。
屋内でも結局は、乱暴な愛情という強風に、流されてしまうことになってしまうようなので。
「今更だけどさあ、サンジ」
「ん?」
「…ナミのベルト、どうしよう」
「………あ」
血が染み、ついでに適当に放ってしまったがためにホコリで汚れてしまったベルトに。
もう一荒れの強風を感じる二人なのであった。
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意味もなくいちゃつかせてみる。
ウソップに怪我を舐めさせたかっただけ。
ウソは手先器用だけど、
とんかちで指叩いたりとかもしてたし、
指先とか手のひらとかに怪我が絶えないんじゃないかなあと思った。
自然治癒した傷跡が白く残ってたりするの。
サンジは傷跡とかすごい気にしそうだけど。
読んでくださってありがとうございました!
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