(あれ、まだ帰ってねェのか?)
サンジは、アパートの二階を見上げてそんなことを考えた。
いつもならとっくに同居人が帰ってきている時間である。なのにその部屋の窓は暗い。
しょうがないので、外階段を上がりながらいつもは使わない鍵を取り出した。トナカイのキーホルダーが、ちゃり、と音を立てる。
「ただいまー」
中に誰もいないとわかっていても、もう癖になってしまった挨拶。
鍵を差し込んで回し、ドアノブを引く。
その瞬間。
「トリック・オア・トリート!」
「うわ!?」
飛び出してきた白い影。驚いたサンジは思わず尻餅をついてしまった。
「…テメェ!!」
しかしすぐに、それがなんなのか分かり、怒りに任せてその表面を覆う白い布―シーツのようだ―を剥ぎ取った。
現れたのはもちろん、涙を流して爆笑する、見慣れた同居人の姿で。
プディング
一個分の
幸せ。
「だから、悪かったって、サンジー」
「うるせェ、疲れてるところ驚かしやがって…」
頭にこぶを作って―サンジが踵落としを食らわせたのだ―謝り倒す同居人、ウソップに背を向けたまま、サンジはふて腐れていた。
「だって今日ハロウィンだろ。もう、俺嬉しくてさー」
ほら見てよ、角、と指差すほうを見てみれば、彼は頭に赤い小さな角をつけているのだった。どうやら、フェルトでできた飾りを、カチューシャのようなもので頭に止めているらしい。
「しっぽもなー」
後ろを向けば、ベルト通しにつけた赤いしっぽが揺れた。こちらもフェルトで、矢印型になっている。
「買ったのか?」
「100均だけどな。似合う?」
そう言いながらウソップが肩越しに振り返った。ご丁寧にも、背に蝙蝠のような翼のイラストがプリントされたティシャツまで着ているのだった。
「俺の分はねェの?」
「サンジの分?あ、悪ィ、俺の分だけ」
「一人分しか買わなかったのかよ」
サンジの言葉に、だってサンジを脅かすためだもん、とウソップは言い返す。
「…マントなら余ってるけど。最初これ着ようと思ったんだけどさー、俺、超似合わねェの」
差し出された黒いマントを、サンジは上着だけ脱いだスーツの上から羽織った。
「うわ、サンジ超似合う。吸血鬼かよ」
「ヴァンパイアと呼べ」
「写メ撮っていい?ゾロに送ろう」
「どうせならナミさんにも送ってくれ。俺の格好いい姿を」
「自分で言ってりゃ世話ねェよ!」
笑いながら、ウソップがケータイのシャッター音を2回鳴らした。
帰ってきてまだ座ってもいないサンジは、そのシャッター音にとりあえずポーズを取ってやる。
が、シャッター音の後のほんの少しの隙間で響くのは腹の虫で。
「やーい、サンジの腹減り虫ー」
「…早く飯にすんぞ」
「お、飯!今日は何だ?」
「夕方に一度帰ってきて仕込んだ。ビーフシチュー」
「おー!!」
きらきらと瞳を輝かせて、子供のようにウソップが喜んだ。
「じゃあ、俺、皿出してくる!」
腹減ったー!と叫びながら駆け足でキッチンに向かう姿に、サンジはどっちが腹減り虫だよ、と声をかける。
そして、一瞬迷ったあと、やっぱりマントは外さないことにしてその後を追った。
「ぷはー!美味かったぁ!」
少し膨らんだ腹をさすって、ウソップ。
テーブルの上にはシチュー皿やパン用の小皿、バターナイフやワイングラスなどが散乱している。サンジは、これを片付けることを一回意識から外すことにした。
「あ、ヴァンパイアが血飲んでるみてェ」
赤ワインを口に運ぶと、ウソップがそんなことを言ってけらけらと笑った。どうやら、少しだけ酔っているようだ。
「お、そうだ、ウソップ」
「んー?」
「テメェ、そんな格好してるってことは、ちゃんと今日が何の日だか知ってるんだろ?」
「ハッピーハロウィン!」
「だよなァ?」
身を乗り出してくるサンジに、何かがヤベーセンサーが働いたのか、ウソップは少しだけ背をそらして距離をとろうとした。
「な、何でしょうか?」
「ハロウィンなら、当然こう聞かねェとなァ?」
「ん、え?」
「Trick or Treat?」
ウソップの頬に手をやり、至近距離でサンジが言う。流暢なその言葉に、ウソップが慌てた。
「あ、えっと、サンジ、そのっ」
「何にもねェなら仕方ねェな?イタズラ、決定で」
「あ、待って待ってサンジッ!」
「まァ、ヴァンパイアらしく、首噛んでやるくらいで勘弁してやる」
などと言いながら、サンジが口を開いた瞬間。
「ふぐ」
「なァんてな!油断したな、サンジ!」
顔面にガサガサした何かを押し付けられ、サンジは慌てて体を離す。楽しそうなウソップの声。
顔に押し付けられたものが何なのかとみてみると、それは菓子のようだった。外国産らしく、派手派手しい色使いのパッケージと体に悪そうな配色。かわいいとは少し言いがたいキャラクターのイラスト。
「…このグミさァ、俺何度見てもクマには見えねェんだけど」
「同感」
くっくっと喉で笑うウソップ。サンジは、押し付けられたグミベアを軽く振って見せた。
「菓子があるんじゃ仕方ねぇな。イタズラし損ねた」
「残念でした」
「全くだ」
心の底から残念そうに大きく頷くサンジを見て笑ったあと、ウソップが口を開く。
「で、俺からも、同じ言葉返そうと思うんだけど、どうよ?」
「同じ言葉?」
「とりっく、おあ、とりーと」
逆側のネイティブな発音で、ウソップは言って笑った。
サンジはにやりと笑い、間髪入れずに言い返す。
「冷蔵庫」
「お、マジで?」
サンジの一言に瞳を輝かせ、赤いしっぽを揺らしてウソップが立ち上がる。
野菜室から順に開き、扉を開いた所で、目当てのものを見つけたようだった。
「おー、うまそう!」
「パンプキンプディングだ」
ラップの掛かった2皿を両手に持って、ウソップが戻ってくる。
「両方とも俺の?」
「何でだよ。片方よこせ」
小皿の上には、カボチャ色の低い円柱型のケーキのようなものが乗っていた。白い粉砂糖とチョコレートで飾り付けられている。上の面には、チョコレートペンシルで何やら苦戦した後があって。
「…絵、下手だなー、サンジ」
それが、ジャックランタンをイメージした顔の絵なのだと気付いたウソップはため息と共にそんなことを言った。サンジが目をそらす。
「うっせェな」
「言ってくれりゃ俺が描いたのに」
「それじゃ、サプライズにならねェだろ」
言い返しながらサンジはプディングをスプーンでつつく。
しかし返事が返ってこないので、訝しがりながら顔を上げたとき。
「うわ、お前どうしたんだよ」
「ちょ、ちょっと感動して…」
目に浮かんでいた涙を、慌ててウソップは袖で擦る。それでも目の赤さは変わらないが、顔を上げてウソップは微笑んだ。
「サプライズって、なんか嬉しいな。幸せだ」
そう言うウソップのほうが、普段はサプライズに熱心なのだ。
誕生日のプレゼントだとかちょっとした記念日の演出とか。サンジはそれをちょっと真似したにすぎないのだが。
「…喜んでもらえたなら何より」
「おうっ!…ありがとな、サンジ」
プディング1個の手間がこんな幸せそうな笑顔に変わるなら。
(…来年は、もうちょっとでかい奴作ってやるか。絵の練習も、ちゃんとしてな)
そんなことを考えるサンジであった。
もう一度高らかに打ち鳴らされる2つのグラス。
吸血鬼と悪魔の掲げるそれに満たされた赤い液体は血ではないが。
もっと甘い幸せの味を、重ねた唇に感じた。
|
ハッピーハロウィン!
現代パロディ・同居しているお二人さんで。
最近は100均とかでも、そこそこいい仮装グッズ売ってますねー
角付きカチューシャとか狼耳とか、意味もなく欲しくなる。
サンジには本当はミニスカ魔女着せてすね毛を笑ってやろうと思ったんですが、ちょっと無理でした。
読んでくださってありがとうございました!
|
|
戻る