(あれ…?)
チョッパーは、男部屋のベンチの下に転がっているソレを見つけた。
とてとてと寄って、拾い上げる。
ぺろんと広げてみれば、それはやけに見覚えのある緑の。
「やっぱりそうだ、ゾロの腹巻き」
どうしようかな、と考える。
ゾロを見つけて渡せばそれで終わりなのかもしれないけれど、ベンチの下に落ちて時間がたっているのだろう、どうやら、かなり汚れているようだし。
「そうだ、洗濯して返そう!」
思いついて、チョッパーはぽんと手を打った。
そうだ、それがいい。
今日も、ゾロは腹巻きをしていたはずだった。
昨日もおとといも。
それなのにこのベンチの下の腹巻きはこんなにも汚れているのだから、ゾロは替えの腹巻きを何枚か持っているのだろう。
だったら汚れたものを返すより、多少時間はかかっても、洗ってから返されたほうがゾロも嬉しいだろう。
「…エッエッエッ」
そのときに、ありがとうって言われたら嬉しいな。
そんなことを考えると、自然と笑みが漏れた。
いちばんあたたかいの。
「でも、すっごいくたびれてるなー、この腹巻き」
たらいをずりずりと引きずってまた男部屋に戻ってきた後、チョッパーはそれを目の前に掲げてみた。
ところどころほつれていたり、色があせたりしている。
ほつれは、ナミかウソップにソーイングセットを借りてくれば直せるかもしれないが、色あせはちょっと無理だろう。
でも、そんなことより。
「…」
ほつれや色あせを見るために広げてみた腹巻きは意外と大きくて。
暖かそうで。
「…ちょっとくらい巻いても、怒られないよな…?」
チョッパーはたらいを床に置き、両手で腹巻きを広げ、慎重に片足ずつ突っ込んでいく。
「…よいしょっと」
両足を入れたら、今度は腹巻きを持ち上げていく。
「…」
が、そこでふと気付いた。
腹巻きは、腹に巻くから腹巻きと言うのだ。だが、このまま持ち上げた所で、
「…おれの腹じゃ、ずり落ちちゃうだけだよな…」
今、チョッパーは人獣型なのだ。この小さい体では、スポーツマン体型のゾロの腹巻きなど、まったくゆるゆるだ。
だから、チョッパーの出した答えは簡単。
「そうだ!人型になればいいんだ!」
そして、腹の辺りに腹巻きを固定したまま人型を取る。
「うん!これなら大丈夫っ」
緑色の腹巻きは、先ほどまで自分がもう一人入れそうだった隙間はなくなり、ぴったりと体に密着した。
チョッパーは満足げにそれを一度ぽんと叩き、ふと気付く。
(あれ…?)
とても、満ち足りた感覚。
それは、どうやら腹巻きを巻いた辺りから登ってくるようで。
「…」
何というか。
非常に、暖かい。
チョッパーはトナカイだ。多少どころか、皆がコートやらマフラーやら手袋やらつけてもまだ鼻水をたらすような寒さでも、いつものズボン一つで全然平気でいられるくらい、寒さには強い。
だから、暖かいものなど必要ないはずなのだ。
特に今のように、春島の近くのぽかぽかした気候なんかの時には。
でも、この腹巻きはとても暖かくて、満ち足りた気分になる。
「あー…暖けー…」
壁にもたれかかるように座って、腹の辺りを撫でてみる。
何だかとても幸せな暖かさだ。だから、いつもゾロは眠がっているのだろうか。
こんな気分に、医学的に名前をつけるとしたら何だろう?ぴったりくる言葉は見つからなかったけれど、これはきっと、満足、という気分なのだろう。
「…はっ」
うとうとしかけて、気付く。
そうだ、そう言えば自分は、今この腹巻きを洗おうとしたところだったんじゃないか。
慌てて動きやすい人獣型に戻った。
腹も細くなったので、腹巻きもぽすりと床に落ちる。
が。
「…っあああああ!!!!」
思わず、悲鳴を上げてしまった。
だって。
だって。
人型の大きな腹を突っ込んでしまったせいで、腹巻きが伸びてしまったのだ!
先ほどまでは両手で広げる程度の大きさだったのに、どうやら、両手で広げてもまだまだたるたるだ。
「あ…ど、どうしよう、どうしよう」
ゾロは、腹巻きがお気に入りだ。
しかも、あんなに暖かくて幸せな気分になることは自分も体感済みだ。
伸ばしてしまったなどと言ったら、もしかしたら斬られてしまうかもしれない。
そして、食料を無駄にしないコックの手によって今晩の夕食に並べられてしまうかもしれない。
そしたらナミやウソップは泣いてくれるかな、ルフィは目の前の食事にその食材のことなんて忘れてしまいそうだけど、とそこまで現実逃避しても、もちろん目の前の延びきった腹巻きという現実が消えるわけもなく。
「どーしよー…」
ナミやウソップなら、たるんでしまった腹巻きの直し方を知っているだろうか。
とにかく、ゾロに見つかる前に、これをどうにかしなければいけない。
「…よし」
今の時間なら、ナミなら船室にいるはずだ。ナミに相談しよう。
もしも直し方を知らなかったとしても、ゾロに謝るときにナミにも来てもらえれば、もしかしたら最悪の事態は免れるかもしれないし。
意を決してチョッパーは立ち上がった。
…しかし、そう言うときほど、運は悪いものなのだ。
「お…?」
「ゾ、ゾゾゾゾ、ゾロォオ!!??」
手をかけようとした扉は向こうから開き、ゾロがひょっこり顔を出したのだ。
チョッパは慌てて手に持ったものを後ろ手に隠したが、声が裏返るのだけは抑えられなかった。
「…どうした?やけに慌ててんな」
「えっと、いや、あの、これはちょっと…」
「またつまみ食いでもしたか?」
後ろに隠してんのそれだろ、とにやりと笑われて、がくがくと頷くことしか出来ない。
そうだ、そう勘違いしてくれていれば…
「ゾ、ゾロは何してたんだ?」
「今日の鍛錬のノルマは終わったからな。昼寝だ昼寝」
「そ、そうかー」
じり、じり、とゾロに背中を向けたまま扉の方へと向かう。
「ルフィの奴はさっきつまみ食いバレてたみてェだからな。お前は気をつけろよ」
「お、おう。ありがとな」
よし、ゾロに正面だけを向けたまま、扉への近づけた。
あとはゾロが背中を向けてハンモックに向かうタイミングで、扉を開けて飛び出せばよい。
「んじゃあ、おれは寝るぞ」
「おう、お休み!」
「おう、お休み」
よし、今だ!
「…と、そうだ、チョッパー、…ん?」
「ギャー!!!」
何を考えたか、ハンモックに向かおうとして足を止め、振り返ったゾロの目には、映ってしまったことだろう。
引きずるほどたるたるに伸びて汚れてほつれている腹巻きと、それを隠すように握り締めているチョッパーの姿を。
「…チョッパー」
「…っ」
だらだらと冷や汗が落ちる。
ゾロの視線はチョッパーではなく、どう見ても、腹巻きを捉えているから。
「…それ、どうした?」
「あ、あの、おれ、これはっ…」
もう、こうなってしまったら洗いざらい吐くしかなかった。
ベンチの下に落ちて汚れていたこととか、洗おうと思ったこととか、…気持ち良さそうだったから、腹巻きを巻いてみたこととか。
人獣型だとずり落ちちゃうから人型になったこととか。そうしたら、伸びてしまったこととか。
「…ごめんな、おれ、人型だとでっかいってこと、つい忘れちゃって…」
扉を力なく閉め、自主的にゾロの前で正座をして、チョッパーは呟く。
こんな風にする気なんて全然なかったのだ。
いつもゾロの巻いている腹巻き。それって、どんな気分なのか知りたかった、たったそれだけ。
「ちゃんと直すか、新しいの買ってくるから…」
ゾロが近づいてくるのが分かる。
殴られるか斬られるかしちゃうんだ、きっと。そう考えて、チョッパーがぎゅっと目を閉じた瞬間。
ぽん、と。
頭に何かが載せられる感触。
「…え?」
「…お前な」
顔をあげれば、ちょっと呆れたような顔のゾロ。
「そんなことで、おれが怒るかと思ったか?」
「だ、だって、腹巻きはゾロのお気に入りだろ?」
「まァな。巻いてなきゃ落ち着かねェ。たとえ誰が親父くさいって言ったってな」
そんな口論を、こないだサンジとしているのを見た記憶がある。きっと、それのことだろう。
「…だが、それを良く見ろ」
まだチョッパーの手にある、たるたるに伸びてしまったみすぼらしい腹巻き。
「結構血ィ吸っちまったし、ほつれも酷いからな。そいつァ捨てることにしたんだ」
「え…?」
「だが―恐らくウソップ辺りが言い出しっぺなんだろうが―勿体ねェとかで、雑巾の代わりに使うとか言うことになってな」
「ぞう…きん…」
「だから、今更それが伸びようと何だろうと、おれには関係のねェ話だ」
新しいのはここにあるしな、と、ゾロが自分の腹を叩く。
多分同じブランド(?)の、緑色の縦編みの腹巻き。
「…う」
雑巾ならもっと雑巾らしく扱え、バケツにかけとくとか、とか。
「う?」
言いたいことはいっぱいあったけど、言葉になったのは、
「うわぁああん!!ゾロの馬鹿ぁあ!!」
その、一言だけだった。
ゾロが驚いて慌てて、泣くな、撫でてやるからとか言い出したのが珍しくて、何だか騙されていたような気分が少しだけ薄らいだ。
「だけどゾロ、腹巻きって暖けェな」
「ああ」
汚れた腹巻き、もとい雑巾を、洗面所のバケツにかけてから、チョッパーはゾロと一緒に昼寝をすることにした。
ソファの上に寝そべるゾロの、腹の上に腹ばいになって横たわる。
ゾロの呼吸とか心臓の音とか温かさとかがダイレクトに伝わってきて、とても幸せになる体勢だ。
「おれも、腹巻き巻こうかな」
「巻くか?」
「わぷ」
ゾロがもぞもぞと動いて、自分が今巻いていた腹巻きを外し、チョッパーにかぶせる。
チョッパーはそれを角にひっかけないように自分の腹の辺りに回してみた。
「んー、やっぱゾロはでけェな。尊敬だ!」
やっぱりまったくゆるゆるで、チョッパーはその位置が腹からずれないように腹巻きを抑える。
でもゾロの脱ぎたての腹巻きは、ゾロの暖かさをそのまま内包していた。
じんわりと暖かさが、さっきの伸ばしてしまった腹巻きよりも早くチョッパーの体を駆け上る。
「んなことで尊敬かよ」
「駄目か?」
「いや、駄目ってこともねェが…」
「エッエッエッ、じゃあ、尊敬させてくれ!おれゾロのこと大好きだぞ」
ああ、本当に暖かくて幸せだ。このまま眠ってしまえれば、きっと幸せな夢が見られるだろう。
「…あ、でも、これじゃあゾロが寒いよな」
自分の巻いていた腹巻きを、チョッパーに貸してくれてしまったのだ。
いつも腹巻きを巻いているゾロだから、きっと心もとないだろうし、冷えるのも早いかもしれない。
チョッパーが腹巻きを外そうと体を起こすのを、しかし引き止めたのはゾロの太い腕だった。
「いい」
「ゾロ?」
そのままゾロは、チョッパーを自分の胸から腹の辺りに押し付ける。
「だから今日はお前が、おれの腹巻き代わりになっとけ」
「っ、うん!」
ぎゅう、とチョッパーは目の前のゾロの厚い胸板に抱きついた。
腹巻きの暖かさも自分の体温も、それからゾロに抱きしめられて幸せなこの胸の温度も、全部伝わりますように、と。
腹巻きとゾロの腕に抱きしめられてみる夢は、一体どんなにあったかい夢だろう。
それを今日チョッパーは初めて見るのだが、きっと、幸せな夢に違いない、という。
そんな、確信がある。
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チョッパー誕生日おめでとう!
…日にち遅れたけど!
……誕生日成分まったくないけど!!
ゾロチョは、トトロとメイちゃん状態になってればいいと思う。
ゾロと人獣ちょぱでも、人型ちょぱとゾロでもどっちでもいい。
駄目に効く薬作んなきゃとか言いながらゾロについてくチョッパーが好き。
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