部屋の中、窓に背を向けて座っている人影を、双眼鏡越しに捉えた。
(あれだ)
木の上に潜んでいる男は声を出さずに仲間に告げる。
男の後ろにひっそりと気配を消していた彼の仲間たちが頷く。
本日、彼らはガンマ団総帥の命を取る。
ガンマ団など、そんな戦闘集団はこの世に必要ないのだ。
武力で持って人を従わせると言うのは、本当の平和ではないと、今武器を手に暗殺を目論む男たちは本気で考えていた。
自分たちがこの世界を良くするのだと、本気で考えていた。
タイミングは一回。
もうじき、男たちの仲間があの部屋にお茶を運んでくる。
そのお茶には毒が入っているが、これを飲んでも飲まなくてもいい。
飲めばそこで終わりだし、飲まなければ茶を運んできた男の仲間が発砲する。
これも、当たっても当たらなくてもいい。
そのための自分たちだ。前方に注意を払っているその背中に、二発目の銃弾を浴びせてやるのだ。
三段階の暗殺作戦。
茶を運ぶ役目の仲間はほぼ確実に死ぬだろう。
毒が入っていることにガンマ団総帥が気付けば、または一発目の銃弾が当たらなければ。
よしんばそのどちらかが成功するか、二発目の銃弾まで生き延びても、物音や異変をかぎつけてきた団員に見つかったら終わりだ。
逃走ルートまでは、考えられていなかった。
しかし、それを承知で、彼はその危ない任務を自分から引き受けた。
それだけ、世界を良くしたいという気持ちが強いのだ。
昨晩は、皆で酒を飲み交わした。
これが全員で飲む最後の酒だと、最後の馬鹿騒ぎだと。
そして今彼らは、彼らの夢が一歩現実に近づく瞬間を夢見て、息を潜ませている。
(来た…)
双眼鏡越しの世界に、扉を開けて入ってくる団員服の人間が現れた。
ガンマ団制服の帽子を目深にかぶっているため顔は分からない。
男は、隣にいた仲間に双眼鏡を渡し、自身は銃身の長い銃を構える。
後は、双眼鏡をのぞいている男の合図と共に、引き金を引くだけだ。
一秒が長い。
手が震える。
汗が背中を伝う。
額に流れた汗を無視する。目にさえ入らなければ意味はない。
一秒が長い。
今から、自分は世界を変えるのだ。
手の震えを押さえる。
窓の中の人影に照準を合わせる。
一秒が長い。
まだあの男は茶を出し終わらないのか。
まだあの男は一発目の銃弾を受けていないのか。
一秒が長い。
一瞬が長い。
一瞬が―…
「…え?」
双眼鏡を除いていた仲間が小さく声を上げた。
(どうした?)
振り向いて聞いた瞬間、その仲間はゆっくりと、仰向けに地面に落ちていった。
地面に落ちた男の肩と腹に、短い刃物が突き刺さっている。
「タカダーッ!」
仲間の一人が、地面に落ちた彼の仲間を呼びながら飛び降りた。
「おい!勝手な行動は………あ」
男の言葉はそこまでだった。
銀色の閃光が走った、と思ったその瞬間、腹部と肩、そして足に激痛が走る。
最後の力を振り絞って窓に向かって銃弾を一発、そしてバランスを崩し、落ちた。
「…残念じゃったのう」
霞む視界で、知らない大男が笑った。
「まあ、シンタローを暗殺しようと思ったのが、そもそもの間違いじゃけえ」
「だが…我々は、世界に…本、当の、平和を…」
喉が熱くて焼けるようだ。地面に広がる赤は、一体なんだろう。
「本当の平和…ねェ…」
「そう…だ……我々、は…」
「…おめェは、皆に好かれとる奴を殺すのが平和だと思っちょるんか?」
大男の肩越しに、最初に落ちた仲間とそれを追って飛び降りた仲間が縛られているのが見えた。
隊長、しっかりしてください、隊長、という声が、どこか遠くから聞こえる。
「安心せェ。アイツは、自分を殺そうとした相手も殺さん」
誰もが自分の意志を持ちながらも共存していける、それが平和だと思わんか?
そんな言葉が聞こえた気がするが、男は何か言い返す前に、ゆっくりと意識が閉じていくのを感じていた。
「大丈夫か、ミヤギ」
「ちょっと手ェ切ったけど、大丈夫だべ」
総帥室。
赤いコートを着た男が、一般団員の制服を着た男と喋っている。
「けど、やっぱヅラって動きにくいべなァ。あんま見えなかったべ」
そういいながら、赤いコートの男は、黒い髪を持ち上げて外し、机の上に置いた。
「でも、似合ってるっちゃよ!さすがミヤギくんだっちゃ」
ひょこ、と窓から顔をのぞかせたのは黒い服を身にまとったトットリ。
暗殺者たちが窓の中に見止めていた赤いコートの男は、そのコートと黒髪のかつらをかぶったミヤギだったのである。
彼は、シンタローの影武者としてその赤いコートを着、総帥室で座っていたのだ。
寸前に暗殺計画を知ったシンタローたちの、とっさの知恵。
どこから狙われているのかわからないから、とりあえず誰かを囮として暗殺者を探す。
銃身が日の光を受けて一瞬光るのを窓の外に隠れていたトットリが見逃さず、苦無を放ったのだった。
今頃はコージたちが、奴らの身柄を拘束している所だろう。
「しょうがねーだろ。最初はアラシヤマに頼むつもりだったさ」
コージでは大きすぎトットリでは少々小さく、ミヤギでは体格がちょうど良くても、髪の色が違う。
背格好的にも、危ない役だからという意味でも、本当はアラシヤマに押し付けたかったのだが。
『このコート、シンタローはんの匂いがしますゥ♥』
とうっとりしていたのでやめておいた。
その後は、内通者を見つけて捕まえとけ俺たち親友だろ、と言っておいたのでここにはいない。
「ちょうどヅラがあって助かったべな」
「怖いのは、シンタロー変身セット一式を持ってた元総帥っちゃな」
そんな会話を交わしている二人を順に見、シンタローは小さく口を開いた。
「…悪ィな」
「ん?」
ミヤギの手の怪我を確かめたあと、トットリが顔を上げる。
「…お前たちにも、無理させちまってる」
その言葉に、ミヤギは微笑んだ。
「何だ、そんなことだべか」
「そんなことって…お前は、怪我までしてるんだぞ」
最後に暗殺者が放った銃弾。
それは誰にも当たらなかったが半端に開いていた窓ガラスを打ち抜き、その破片がミヤギの腕を切り裂いた。
いまだ鮮血滴るそこは、赤いコートの上からでも分かるほど血がにじんでいる。
「どっちかってっと、コート切っちゃったオラが謝るべきだべなァ」
その切れた端を摘みながら、ミヤギが苦笑した。
「オラたちは、皆シンタローのこと大好きだべ。一緒にいい世界を作りてえと思っとるし、一緒に戦いてえと思っとる」
「そうだっちゃ!僕らがしたくてしてることなんだから、シンタローが謝ることはないっちゃよォ」
ね、ミヤギくん!とトットリが言って、そうだべな、とミヤギが頷いた。
「なんたって、皆仲間なんだっぺ」
シンタローは、そんな彼らから目を逸らして一度目を閉じると、ゆっくりと開いた。
「…ああ、そうだな」
「シンタロー」
「ありがとな。これからも色々と迷惑をかけるとは思うが―…」
右手を、差し出す。
「…皆で、頑張ろうぜ」
「だっぺ!」
「だっちゃわいな!」
三人の手が重なる。
自分もその手を重ねようとどこからか凄いスピードでアラシヤマが現れたので、今度こそシンタローは眼魔砲をぶっ放した。