「君が望むものは何だい?」
「覚めない夢を。
 とてつもなく幸せな、叶わぬ夢を」
望むのは覚めない夢
深い緑の瞳は自分の心の奥の奥の底の方まで見通してしまっているようで、ツイハークはとても居心地が悪く感じた。しかしソーンバルケはと言うと、そんなことは感じないようで、ツイハークをニコニコしながら眺めている。
「そうか、そんなことがあったんだね」
ソーンバルケはたった今、ツイハークの過去を聞きだすのに成功したところだった。ツイハークは余りそのことを積極的に話したがらないのだが、ソーンバルケは軍内でもかなり仲のいい方だったし、剣の稽古などで日頃世話になっている。聞かれて話さないのは礼儀ではないだろうと判断したのだ。
「だから、君はラグズが好き」
「…ああ」
そう簡単に「ラグズが好き」と断定されると、何となく拍子抜けしてしまうような気もするが、その結論は確かに正しいのだから、ツイハークは頷いた。ソーンバルケも満足そうに頷く。
「いいね。君は実にいい」
「?」
「今度、私の村に来るといい。きっと、みんな歓迎するよ」
「…ああ、是非」
ソーンバルケの村と言うのは、印つきだけが集まった隠れ里である。ツイハークは、ソーンバルケ自体も印つきなのだろうと思っていたが、実際に見たことはない。セネリオやミカヤのように分かりやすい位置に―例えば、それこそ額や手の甲に―あればすぐに分かるのだが、そこは巧妙に隠しているようだ。…最も、本当に、普通には見えない位置にあるだけなのかもしれないが。
そんなことを考えて、ふとツイハークは彼女のことを思い出した。
(もし今彼女が生きていて、俺と彼女が結婚していて、子供がいたとしたら)
ソーンバルケとは違う出会いをしたのだろうか。
ある日いきなりレテやモゥディの前に現れたように、そして今回また、突然ミカヤの前に現れたように。そしてセネリオやミカヤに向けるのと同じ目で自分たちの子供を見て、そして同じように隠れ里へと誘うのだろうか。
もしそうだったとしたら、自分はどう答えるのだろう、と、ツイハークは考えた。子供の為に、3人でその隠れ里へ行くのだろうか。それともその誘いを頑なに撥ね退けて、ベオクの世界で妻と子供の存在を偽りながら暮らすのだろうか。
そんなことを考えながら無意識に伸ばした手が剣の柄にかかっていることに気付き、現実に引き戻される。
そう、それは全て仮定の話。実際彼女はもうこの世におらず、子供にいたってはこの世に存在したことすらない。ソーンバルケとは違う出会い方をし、隠れ里のことも、違う知り方をした。全ては仮定の話。だから自分はまだ剣を捨てられず、悲しみと怒りのやり場にも困ったまま――…
「…辛いな」
そのソーンバルケの言葉が、丁度心を読まれたかのようなタイミングであったので、ツイハークは驚いた。しかし、頷く。
「…ああ。お互いに」
「ああ」
何の気なしに付け足した「お互いに」という言葉だったが、それは予想以上にソーンバルケの心に届いたらしい。ソーンバルケは顔を上げて、ツイハークに向かって、これまであまりしたことのないような、弱弱しい笑みを見せたのだった。
その表情で、ソーンバルケが口を開く。
「もし、この世に本当に女神がいたら…君は、何を望みたい?」
その言葉に、ツイハークは苦笑して返した。
「女神だって万能じゃあないだろう。何が頼めるかな?」
「万能だと仮定して、の話だったら?」
ツイハークはもう一度笑い飛ばそうとしたのだが、ソーンバルケの真面目な表情に気付く。
「君が望むものは何だい?」
「俺は、俺の望むものは…」
たくさんのものが心を埋めるが、口から出たものは、たった一つだった。
「覚めない夢を。とてつもなく幸せな、叶わなかった夢を」
かなえてほしかったんだ、とツイハークは呟き、空を見上げた。
暗い夜空で、透き通った星が瞬く。

その後、ツイハークは女神に会った。
その時、この話をしたら笑われたから、女神は万能ではなかったのだろう。
後でソーンバルケに教えてやろう、女神はやはり万能ではなかったよ、と。
そんな風に考えて、ツイハークは苦笑した。
 

剣士二人。
ソーンとツイハはいい親友っぽい感じで。

ツイハは何となく、ラグズのために戦うっていう名目で、死に場所を探してるように見えます。
でも結局生き残っちゃうんだろうなあ。

読んでくださってありがとうございました!

 
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