「それでですねぇ…私は、将軍は樹みたいな人だと思うわけなんですよ」

月を見上げ、呂律の回らない口で彼は言った。
大樹の人
月がちょうど真上に見えるころ、夏侯淵は縁側に座っていた。
手には酒の入った杯があり、横には酒瓶と菓子の入った盆が置いてある。
そして、そのさらに横には、張コウがいた。
美味しい酒とお菓子があると誘ったのは張コウで、ここで飲もうと提案したのは夏侯淵だった。
月は満月からは少し日が経ってしまった様な微妙な形ではあったが、雲がなく星が綺麗である。
秋も近いので、いくつかの虫の声も聞こえた。

「樹ですよ、樹。…大っきくて太い、立派な樹です」

二人で数本の酒瓶を空にすると、流石に両方とも酔ってきていた。
だが、夏侯淵より張コウの方が酔いは早かったらしく、さっきから愚痴のようなことばかり言っていた。
夏侯淵が樹だというその話を始めた際の『それで』も、何と何の話題を結んだのか分からない。
赤い顔の夏侯淵は、やはり顔を赤くして月を見上げる張コウの横顔を睨んだ。

「それって、俺が太ってるってことか…?」
「あ、嫌ですねぇ、将軍。頼りがいがある、ってことを言ってるんですよぉ」
「本当かぁ?」
「本当ですよぉー」

何が面白いのか、けたけたと張コウは笑った。

「優しくて大きくて強くて美しくて、誰もがそこで安らげる存在なんだと思うんですよ」
「何が?」
「あなたが」
「あー…」

どうせ酔っ払いのたわごとだろうと、夏侯淵は適当に返事をした。
自分も酔っ払いであるのに、だ。

「じゃあ、お前は鳥だな、鳥」
「とり?」
「あー、あれだ、今俺の枝の上に巣作って休んでんじゃね?」

最近よくお前、俺にからんでくるし、とあまり意味もなく付け加える。
ぷっ、と張コウが吹き出した。

「あはははっ、そうですね、休ませて貰ってます、ありがとうございます」
「まったくもー…勝手に巣なんか作るんじゃねえぞー」
「以後気をつけますー」

酔った勢いで、何を口走っているのか分からない。
しかし発せられた言葉たちに意味はないくせに、ちゃんと会話が成立していた。
それが何だか面白くて、夏侯淵は笑った。

「あれだな、お前、孔雀とかその辺の鳥だろ」
「孔雀は木の上に巣なんて作りませんよー」
「あー、でもお前、派手じゃん」
「そりゃあ、私は美しいですけど」
「自分で言うか?」
「だって本当のことですものー」
「言ってろ!」

また起こる笑い声。
何だか楽しいなぁ、と夏侯淵は思った。
どうやら話が弾むのは、酒のせいだけではないらしい。
酔っ払いの意味不明の会話ではあるが、何故だか、酷く楽しいのだ。
長く一緒にいるはずの、夏侯惇や曹操と話しているときとはまったく違う気分。

(こういうのも、いいもんだなぁ)

酒瓶を逆さにして残りを一気に飲み干すと、夏侯淵は心の中で呟いた。

「きっと、幹は肌触りが良くて、美しい茶色なんですよ」
「スベスベしてるのか?」
「いえ、ゴツゴツした感じで。でも美しいんです」

『樹』について、酔った笑顔のまま喋り続ける張コウ。
夏侯淵は、問いかけた。

「お前、その樹が好きなのか?」
「ええ、とっても。」

満面の笑みで、彼は頷いた。
酔っているため正常な思考回路は働いていないのだろうが、それでも迷いのない答え。
コイツみたいに綺麗でお喋りな鳥が樹に巣を作ったら、きっと樹も嬉しいだろうな、と夏侯淵は思った。

「…まあ、あれだ。お前そのままそこに住んじまえ」
「え、いいんですか?」
「おう。きっと樹だって喜ぶと思うぜ?」

話しているときっと楽しいし、綺麗だから見ていて飽きないし。
何より友人が増えることを、樹はとても嬉しがるだろうから。

「淵殿…!」

張コウの笑顔に、夏侯淵はにやりとした笑みを返す。

「おう!で卵産め!目玉焼きにして食ってやるから」
「…私、男ですってば」
「…あー…なんかお前なら産める気が」
「しません。」
「・・・」
「・・・」
「「・・・ぷ」」

どちらからともなく吹き出した。
張コウは、本当に自分が鳥だったらいいのにと考えた。
(そうしたら『樹』と、一緒にいられるのに)
夏侯淵は、本当に自分が樹だったらいいのにと考えた。
(そうしたら『鳥』が、傍にいてくれるのに)
大きな声で笑いながら、二人、酒の入った杯を高く掲げた。

笑い声と酔いの下で、いくつもの思いが走り去って行ったが、この瞬間の二人には、思いもよらぬことだった。
夜明けまで、二人きりの宴会は続く。
傾き始めた月の光が、木々に止まって眠る鳥たちの羽を優しく撫でる。
 

夜中の密やかな宴会とか、月とか、
ちょっぴり神聖なものを描きたいと思ったんですが…
…ただの酔っ払い二人になりましたとさ。

LOVEとか愛とか「×」の破片すら見えませんが、
一応、結構全力投球です。ハイ。

読んでくださってありがとうございました!

 
戻る