僕の命の期限が決まっているから、絶対にそんな事はないと思っていた。
そんなことはないと思っていたんだよ。

でもそれは起きてしまった。

だけど大丈夫。
僕は、君と共に行くよ。
僕は君のもの
辺りを見渡す。死骸、死骸、死骸。
黒色の鎧を着た骸たちが転がっている。
白く冷たくなって、赤く染まってそこかしこに。
半兵衛は一人、その間を歩いていた。

主がいる頃、そこは侵入者への罠として、また主の余興のための闘技場をして使われていたという。
槍を持ったもの、剣を持ったもの。
馬に乗ったものは、馬ごと殺されてそこに倒れていた。
頭や腹、胸などを不自然に陥没させ、折り重なって死んでいる兵士達。
それらにちらりと視線をやって、半兵衛はまた歩き出した。

この城の造りは不自然だ。
いくら火をかけたとは言え、屋根などを伝わないと主の所へたどり着けない。
元は階段か梯子でもかかって、直接たどり着くことが出来たのだろうか。
城が崩れ、主が喪われた今となっては、どうでもいいことではあるが。
折れた矢が散らばっていることに気付いて、ふと半兵衛は足を止めた。
弓の射手たちが冷たくなって転がっている周りに血のついた矢を見つけ、拾い上げる。
矢は、侵入者へ向かって射られるものだ。
だから、この矢尻についた血は。
「…君は、この道を行ったんだね」
呟き、手にした矢を地面に落とす。からんという澄んだ音がした。
そしてまた半兵衛は歩き出す。

どれだけ歩いたのだろう。
生きた兵も残ってはいたが、その大半が主を喪ったことで戦意を失くしていた。
座り込み、泥のように濁った目で意味もなく半兵衛を見つめている。
その視線に気付いてはいたが、半兵衛は敢えて無視した。
その希望のない暗い目を見てしまったら自分は、泣くかもしれなかった。

子供の死体を見た。
その体には大きすぎる弓を持ち、壁に埋もれるようにして死んでいた。
強い力でその壁に叩きつけられたのだろう。
座るようにして死んでいたのでその表情は見えなかったが、多分無念の表情をしていただろうと思う。
散らばった矢の矢尻がまた赤く染まっていて、半兵衛は軽く眉をひそめた。

女の死体を見た。
黒地に橙の蝶を散らせた着物を、今はそれより黒々とした血に染めて死んでいた。
足が折れている事に気付いたが、それ以上に目を引いたのは、彼女が自害していたことだった。
豊満な胸の谷間に、弾丸が一発。
愛した男の死を知って、自ら命を絶ったのだろう。
だとしたら、彼はやはり女は殺せなかったのだと半兵衛は思った。
「…過去は、やはりまだ君を縛っていたのかい?」
その言葉の本当の意味を理解するものは、もはや彼以外にこの世にはいない。

「けほ、こほ…っ」
胸に違和感があって消えない。そろそろ病状は次の段階に入っているのかもしれなかった。
(「血を吐いたら、覚悟してください」)
医者が言った言葉は、冷静に受け流したつもりだった。
(「無理はせず、安静にするのが一番でしょう」)
医者はそう続けた。だが。
(安静にしていて、未来は作れるのかい?)
自分の未来はいらない。ただ、友のための未来があればよかった。
友の望むためなら血を吐いたって構わなかったし、それ以上、死んだって構わなかった。
友の望むためなら何だって出来ると思ったし、何だって出来た。
友の望むものを作るのが自分に残された命の使命だと、そう思った。
そう思っていた。

一歩、一歩、ゆっくりと階段を上った。
そしてそこへたどり着いた。

魔王の死体。
そして、覇王の死体。
半兵衛が見たものは、それだけだった。


「…秀吉」
愛した友の傍にたどり着いて、うつ伏せのその体を仰向けに起こした。
瞳を閉じ、その表情からは何の感情も読み取れない。
胸に、大きな切り傷があった。抉れて焦げたような、大きな傷。
他にもたくさん傷があったが、致命傷となったのはそれのようだった。
流れ出ている血は既に冷たくて、黒くなっていた。
振り向いて目に映る魔王の死体は、首が折れていた。
「…君が、魔王を倒したんだね」
友に視線を戻し、半兵衛は微笑んだ。
「さすが、秀吉だ。君を信じていて良かった。君なら出来ると思っていたよ」
この日本を覆う、黒き死の病を払う。
友は、そう言っていた。
それを、果たしたのだ。
魔王は、死んだ。
彼の手によって。

座り込み、その頭を膝の上に乗せる。
日頃から重いと思っていたその頭は、今はもっと重たく感じた。
「すごいね、秀吉。君は本当に夢をかなえてしまった」
たった二人、夢のまた夢でしかない遠い夢を持っていたあの頃。
ただ剣を振るい、目の前の敵を倒すことが全てだったあの日。
酒を飲みながら冗談半分に交わした約束。
「…君の友になれてよかった、秀吉」
腰から刀を抜いた。鞭のように伸びる、特殊な仕込みのある刀。
「でも、君は言ったよね。我と共に来い…ってさ」
そして半兵衛は頷いたのだ。
だから。

「僕が一緒に行くよ、秀吉」
刃を首に当てて、一気に引いた。
赤く染まる視界の向こうに、友が築こうとした光の未来が見えた気がした。

半兵衛は微笑んで、最後に冷たい友の唇に、小さく接吻を落とした。
 

秀吉最終章で、信長と相打ちになった感じで。
半兵衛は、自分が秀吉より先に死ぬから、秀吉が死ぬなんてこれっぽっちも思っていないといい。
でもって、もしそんなことになったら正常な判断が出来なくなるといいと思います。きっと泣かない。

読んでくださってありがとうございました!

 
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