知ってしまったんだ。
もう泣いても叫んでも、僕の自由に使える時間は決められてしまった。
理不尽だ。
理不尽だよ、ねえ、秀吉。
残された時間
「ゴホッ、ゴフッ…」
手のひらについた赤に、残りの時間の少なさを知った。
秀吉の大きな手とは比べ物にならないような、小さな白い手。それが僕の手。
その薄い皮膚の下にも、今吐き出したのと同じ色の同じ成分の赤が流れているのだと思うと、何だか気持ちが悪くなった。べとべとどろどろしたこんなものが、僕の命を支えているのだ。僕だけじゃない。戦場に行けば同じ色をいくらだって見ることが出来る。誰の命だって、僕のも秀吉のも、全部生きているものを支えているのはこの赤なのだ。
てのひらを僕は見下ろす。皮膚の下を流れる生きた赤、皮膚の上に吐き出された死んだ赤。
いつか僕の生きた赤は、それより死んだ赤の方が多くなって、その時が僕の時間の終了だ。時計は止まって二度と動かない。
それまでにしなければいけないことが多すぎて、頭が痛い。
熱が出ているのかもしれなかった。

小さな音を立ててふすまが開いて、入ってきたのは秀吉だった。僕の大好きな、僕の親友。
起き上がっている僕を見て、それから僕のてのひらと布団にも飛び散ってしまった赤を見て、そのごつくて大きな顔で器用に眉をひそめる。秀吉にそういう困った顔をさせるのが、僕は少し好きだ。
「寝ていなければ駄目ではないか、半兵衛」
「ううん、今はちょっと調子がいいんだ」
そう僕は言ったのに、秀吉は強引に僕を布団に押し込んだ。首元まで布団をかけられて、少し暑い。手を強く握られて、手拭いで拭われた。てのひらを染めていた赤が手拭いに染みこんで気味の悪い模様をつくり、僕はその模様と色に嫌悪を覚えた。
その手も布団に押し込まれて、布団から出ているのは首から上だけ。ちょっと動こうとしたら秀吉に睨まれた。
「…じゃあちゃんと寝てるから。秀吉、僕が寝るまで傍にいて」
「ああ、わかった」
そんな交換条件に、秀吉はあっさり頷いてくれる。そんな秀吉が僕は大好きだ。秀吉はあぐらをかいて僕の枕もとの方に座った。見上げたら秀吉の茶色の瞳と目があった。
「秀吉、ねえ、今日はどんな天気?」
「晴れている。雲が少し多くて…そうだな、だが風が少し強いようだ」
「ふうん。じゃあ明日は晴れるかな」
「どうだろうな」
風の強い日の次の日は、雲も全部流されて、晴れることが多いような気がした。僕は空に詳しくないから、それが事実なのかどうかはわからないけれど。
「明日晴れたら、どこか出かけられるかな」
「お前の体調次第だな、半兵衛」
「そうだね。明日はもっと調子がよくなると、…ッ」
そこでむせた。秀吉が腰を浮かせるが、僕はそれを押し留めた。大丈夫。今日は調子がいいのだ。秀吉はあげかけて行き場をなくした手で、僕の背中を支えて起こしてくれた。秀吉の手は大きくて暖かくて、僕の小さな白い、冷たい手とは全然違う。
「大丈夫だよ」
「…」
「大丈夫」
「…半兵衛」
「大丈夫だってば、もう。そんな顔しないでよ」
苦しそうな、痛そうな、辛そうな、そんな負の気持ちをごちゃませにしたような表情を、秀吉は浮かべる。その表情は紛れもなく僕の為に、僕だけの為に浮かべていてくれているもので、それが僕にとっては酷く嬉しく、同時に酷く辛い。僕の為に、僕の辛さを肩代わりするかのような表情を浮かべてくれるのがとても嬉しくて、秀吉に辛い気持ちを味わわせているということがとても辛くて。
「ね、秀吉、笑って」
「半兵衛…」
「僕、秀吉の笑顔好きだよ。秀吉が笑ってくれるなら、僕は何だってするし出来るから」
秀吉がぎこちなく、笑みを浮かべた。どう見ても作り笑顔だったし不自然だらけだったけど、僕の為に笑ってくれたことが嬉しくて、僕も笑った。その表情に安心してくれたのか、秀吉のかちかちした笑顔からちょっとだけ不自然さが消えたのが嬉しかった。
秀吉の手によって、僕はもう一度布団の中に戻された。
「じゃあ、お休み」
「うん。…秀吉」
「何だ」
「約束」
僕が短くそういうと、それだけで秀吉は察してくれたのか、頷いた。
「お前が寝るまで傍にいる。案ずるな、半兵衛」
「ありがとう」
目を閉じると訪れる暗闇は、いつも僕を飲み込もうとする。だから僕はその中で少しでも親友を感じたくて、大きく息を吸い込んだ。
どこか太陽と土の匂いにも似た親友の匂いが、僕を包んでくれている気がした。

今日吐いた血の量は、昨日より多かった。
昨日吐いた血の量は、一昨日より多かった。
それが何を示しているのかは、僕はようくわかっている。一日ずつ、確実に増えているその量。
…時間がない。時間がないんだ。本当ならこんな所で寝ているわけにはいかないのに、秀吉は僕を布団に押し込む。
(「明日晴れたら何処かに出かけられるかな」?…そんな暇、ないのに)
きっと太陽が照って僕の体調もよければ、僕は秀吉とどこまでも馬に乗って駆けたいと思うだろう。時間はないのに。
きっと、その時は未来なんてどうでもよくて、時間の許す限り夢に向かって走りたいなんて気持ちもなくて、…多分、生きたいと。
生きたいと、そう、願ってしまう。
(悔しい。苦しいよ、秀吉)
でもそれは、声に出してはいけない。言葉にして、声に出してしまったらその瞬間、僕と秀吉の関係は壊れて、昔日の約束は永遠に叶わなくなるのだろう。
(そんなのは嫌なんだよ。ねえ、秀吉)
だから僕は黙っている。黙って秀吉の隣にいる。最後まで。
そして秀吉も僕を理解してくれる。無理はするななんてそんな酷いことは言わないで、僕のすることを全部見ていてくれるんだ。
僕たちはずっとそのままで、重なり合った一本の道を歩まなければいけない。

「…ねえ、秀吉」
多分、僕はもう寝ていると思っていたのだろう。腕組みして自身もうつらうつらしていた秀吉が、眼を開いた。僕は笑う。
「未来、手に入れようね」
秀吉が頷いてくれて、僕は安心した。
秀吉は、こんな小さな―僕が寝るまで傍にいてなんて―約束も守ってくれるんだからきっと、その大きな約束も叶えてくれるだろう。
僕はそっと目を閉じて、今度こそ眠りに付いた。
太陽と土の匂いにも似た親友の匂いを感じた。
 

秀半。…秀半?
せめてBASARA史でだけは、豊臣軍に頑張ってほしい。

半兵衛は意味もなく秀吉秀吉言っていればいいし、
秀吉もとにかく半兵衛半兵衛言っていればいいと思う。
…このバカップル!(ぉ

読んでくださってありがとうございました!

 
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