見るな、聞くな、考えるな、考えるな。
その無残な姿を見るな。
その悲痛な声を聞くな。
もう、彼らに残されたものは何もないのだ。
もう、彼らを救う手などないのだ。
だから、せめて、せめて。
何も考えずその剣を振れ
何も考えず、彼らを殺せ。
それが救いだ。
それが救いなんだと、信じるしかないから。
誰が為の救いの剣を
「っ…!」
襲い掛かってきた爪を避け、その喉をかききった。温かい血が頬に飛ぶ。
光のない濁った瞳が一瞬光を取り戻し、驚いたように見開かれて、地面に落ちた。
死体すら残せずに、猫は、塵となって消えた。
「っ…すま…ない…」
何も残らない地面を見つめ、ツイハークは呟く。
「俺は、君たちを救いたかった…のに…」
戦いは突然で、彼らはあまり理由も聞かされずに戦っていた。
ただわかっているのは、敵が「なりそこない」のラグズたち、そして彼らを作っている召喚師だということだけだ。
ツイハークは、さっきリワープの杖でいずこかに去ったその男を、数ヶ月前に見たことがあった。
デイン国王がまだ王子だったころ、その隣にいつもいた参謀イズカ。
そんな男だと知っていたなら、現在のこの状況は食い止められていたかもしれないのに。事情を知らなかったとは言え、戦いの中で彼らの元を離れてしまった自分を責めることしかできない。
「なりそこない」は、元はラグズだった。より強靭な肉体に、そしてより長く戦い続けられるよう、たくさんの薬物を投与され、正気を失ったラグズたち。
彼らは被害者なのだ。殺すことなどできない。だが。
草むらから飛び出してきたのは、灰色の大きな体に牙。ガリアの虎の民だ。
彼らは、もう、元に戻ることはできない。
大きく跳んで、上から襲い掛かってくるのを、横に跳んで避ける。そのまま前足を斬りつけた。鮮血を散らせてそのまま地面に激突する体に、もう戦う力はないかに思えたが、しかし。
「ガァウッ!」
「…っくそっ!」
血塗れの足などものともせず、体勢を立て直してもう一度飛び掛ってくる。
その瞳と瞳があった瞬間、ツイハークは動けなくなる。助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ!彼は光のない瞳で語りかけてくる。
戦いたくない、こんなことなどしたくない、俺を元に戻してくれ!その心が痛いほど伝わってきて、自分でも気付かぬうちにツイハークは涙を流していた。
腕に噛み付かれ、そのまま投げ飛ばされて沼に落ちる。浅い沼だが、水に叩きつけられて一瞬息が詰まる。横腹を強く打って、起きあがれない。
淀んだ水越しに、虎がもう一度襲い掛かってくるのが見えた。
(しまっ…)
その時、横から青色の塊が飛び出してきた。そのまま虎の首元辺りに飛びつき、勢いを利用して沼に押し倒す。
「…ライ!」
それは、猫に化身したライだった。
人型の時と同じ、オッドアイを鋭く尖らせて振り向く。
「何ぼさーっとしてんだよ!」
「すまない、助かった」
ツイハークは立ち上がり、動きづらい沼の中を走って、彼に近づく。
その足元に倒れた虎は、淀んだ水の中に横たわって、もう動かなかった。その体がゆっくり塵になり、風と水に攫われていった。
「…」
ツイハークは、それをただ見つめる。
隣で白い光が瞬いて、そちらに目を向けるとライが化身をといた所だった。
「ったく…何であんな、ぼーっとしていたんだよ?」
「すまない。感傷だということはわかっているんだ…」
ここで自分が泣いた所で、さっきの虎が生き返り、元に戻ると言うことはない。
ただ、せめて早く楽に死なせてやることが、自分たちにできること。
「わかっているんだ。わかっているんだよ…」
悲しくて、悔しくて涙が溢れる。彼らは死を求めているのではない。救いを求めているのだ。
元に戻してくれ、戦いたくなどないのだ、元に戻してくれ、元の場所へと帰してくれ…。だが、自分にはその救いを与えてやることができない。
例え、黒幕のイズカをどんな残虐な方法で殺した所で、彼らは帰ることも戻ることもできない。
「…俺は…結局誰も救えやしない…!」
さっきの虎、その前の猫、3年前の「なりそこない」たち、…そして、腕の中で死んだ彼女。
彼女に誓ったはずなのだ、自分は、次はちゃんと救って見せると。だが、この様はどうだ?何も救えてなどいやしない!
「くそ…っ!」
「…あー、もう」
悔しくて、悲しくて、涙が溢れる。ライが近づいてきて、その涙を舐めた。
「う、うわっ!?」
その感触に驚いて一歩下がり、泥に足を取られて転んでしまう。ばしゃんと大きな水音を立てて倒れたツイハークを、慌ててライが手を伸ばす。
「…大丈夫か?」
「あ、ああ、すまない。大丈夫だ」
彼は猫だ。それは人を励ます時の当たり前の行動だったのだ…と、思うことにする。
ライの伸ばす手を取る。それは暖かくて、ベオク(じぶん)と何も変わりはなくて。それに何だか泣きそうになって、慌ててこらえた。
「もう大丈夫だよ、ありがとう」
どこか近くで鷹の鳴き声が聞こえた。味方か敵か、戦っているのだ。
そうだ、鷹のティバーンやヤナフ、ウルキ、それに、目の前の猫のライ。彼らは、同族と戦っているのだ。自分よりももっとずっと辛いはずだ。
「君たちは…強いな」
「…強くなんてないさ」
ライが呟く。
「もう…あいつらはもう戻れないから…せめて、同族の俺たちが楽にしてやりたい。それだけだよ」
「…」
彼の決意に、改めて悲しくなる。自分は彼らの同族ではない。彼らを狂わせたベオクの…いや、ニンゲンの仲間なのだ。
「俺は…どうすればいい?」
ツイハークは尋ねる。答えを知っていて。回答は、それでも戦わなければ、戦いを終わらせられない、だ。だが、ライの答えは少し違った。
「戦えばいいんだ、お前も」
「でも…俺じゃあ、誰も救えやしない。俺は、ニンゲンだから…」
「違うだろ。お前はもう、獣牙の兄弟だ」
その言葉に、はっと顔を上げる。
「3年前のあの戦いの時から…いや、多分もっと前から、お前はずっとラグズが好きだった。そうだろう?」
つりこまれるように頷く。その反応に満足したのか、ライは続ける。
「モゥディはお前のことを気に入っている。レテも、何も言わないがお前を気に入っている。俺もだ」
そこで、ライは微笑んだ。
「大丈夫。お前はもう、こっち側だよ」
自分はベオクで、ニンゲンだ。爪も牙もしっぽもなくて、剣がなければ自らを守ることすらできない弱い生き物で。そんななのに、誰かを救いたいと泣いている。
それでも彼は、彼らは認めてくれた。兄弟だと呼んでくれて、手を伸ばしてくれる。
微笑んで、認めて、手を伸ばしてくれた。
「…ありがとう」
「ああ、お前のそういう素直な所、好きだ」
ライはにっと笑って、手を差し出した。
「行こう。あいつらを救いに」
「…ああ」
ツイハークはその手を、取った。
過ぎてしまったことを悔やむ暇はなくて、ただ前に進み続けなければいけなくて。それはとても息苦しく悲しいことだ。
だが、それでも自分にできることがあって、自分を好いてくれる人がいて。
自分にはできることがあるのだと教えてくれて、誰かを救うことができるのだと教えてくれて。
(俺は、幸せ者なのかもしれないね)
心の中で呟いたら、彼女が微笑んでくれたような気がした。
 

ライとツイハーク。
蒼炎で何にも会話なかったから、
暁はちょっと期待してたんだけどなあ・・・

らぶらぶとかじゃなくて、ちょっと仲がいい感じで。
ライもツイハも、基本誰とでも仲が良さそうなので、
普通の会話になっちゃったなぁ・・・無念。

読んでくださってありがとうございました!

 
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