「おい、エドガー。こないだのエンジンの件だが…」
ギャンブラーはそう言いながら王の執務室を開け放ち、そしてそこで立ち止まった。
その中に、ほんのちょっとだけ予想外の人物がいたからである。
太陽を受けて金に輝く髪が柔らかに、窓からの風に揺れている。
その髪の色だけなら、そこにいて違和感はないだろう。何せ、双子なのだから。
そう、その王の執務室で、王のための執務机に座り…というより突っ伏して昼寝を決め込んでいたのは、エドガーの弟、マッシュだった。
「おい、マ…」
呼びかけかけて、言葉を止める。
セッツァーは少し考え込んだ後、にやりと笑い、後ろ手にドアをぱたんと閉じた。
双子といっても
そうは似ていないから
「あ、これいいなぁ」
大きな本棚にディスプレイされた本、置物などを物色しながらセッツァーは呟く。
マッシュはよほど深く寝入っているのか、小さく寝息を立てながら目を覚まさない。
セッツァーが手に取ったのは、何に使うのかよく分からない直方体の木製の小箱。
上の面に宝石が埋め込んであり、一目で高価なものだと知れる。
それを手に、セッツァーはマッシュの元へと歩み寄ると、ゆっくりとそれを。
「…」
マッシュの頭の上に、置いた。
「…くっ」
小さく漏れたのは笑い声。
バランスを保つように微調整して、そっと手を離す。
マッシュの頭の一点に預けられた小箱はゆらゆらと揺れながら、それでも落ちない。
セッツァーはそれを指差し、声を出さずに笑った。
次に目に留まったのは、机の上にあった判子である。
青く透き通る石でできており、フィガロ王・エドガーの名のもののようだった。
近くに積んである書類を見れば、それらは処理しかけのもののようで。
どうやら、マッシュは兄にそれを頼まれ、その途中で眠ってしまったようである。
ご丁寧にも、インクもつきっぱなしだ。
思わず触ると指先にインクがついてしまった。
慌ててこする。落ちない。
服でもこすったし、近くの花瓶に指を突っ込んで濡らしてこすってみるが、まったくの無駄だ。
「…」
悔しいが諦めて、その判子を手に取り向き直って、セッツァーはにやりと笑う。
どこに押そうかと少し考え、とりあえず手前に出ていた左手に押してみる。
それでも何か物足りず、右頬にももう一つ。
小麦色に焼けた肌にくっきりと、流暢なつづりの黒い印。しかも兄の名前。
「…ぷっ」
もう一つ、額にでも押してやろうと近づいた時。
「うぅー…」
突然マッシュが身じろぎをする。
嫌そうに眉をひそめ、机に敷いた両腕の間に顔を埋めようともぞもぞ動き出したのだ。
ぐらりとかしいで落ちそうになった頭の上に小箱を慌てて押さえる。
起きてしまったのかと慌てるが、どうやらそれは、顔に何かが触れたことへの反応だったようだった。
「ん〜…」
また寝入ってしまったらしい。
ほっとして、小箱のバランスを取った後、ゆっくりと手を離す。
マッシュの様子をと見ると、判子を押された顔を腕に埋め、頭に小箱を載せた妙な状態である。
思わず噴出しそうになって、セッツァーは慌てて自分の口を塞いだ。

それから数刻。
相変わらずマッシュは執務机に突っ伏してぐうぐう眠っている。
そしてその周りには。
飛行機に折られた書類やさまざまなペンが散らばり、髪には鮮花を挿し、肩には豪奢な毛皮のマント。
そして頬と手の甲に兄の名を押し、頭の上には小さな木箱。
さらにその上に何を模しているのかもわからない、三角錐の形をしたオブジェを置かれている。
マッシュの頭の上は妙にバランスが良く、それらは揺れはしたもののまるで落ちない。
本当はペンとインクで顔に落書きがしたかったのだが、顔を埋めているので、代わりに背中に『兄貴命』と書いた。
インクは服の繊維ににじんだが、それがまた妙な雰囲気で、セッツァーは声を出さずに爆笑した。
そしてまた本棚を物色し、最後の一品を見つけてきたところだった。
これも何に使うのか分からない、ドーナツ型をした銀色のオブジェである。
見た目の割りに軽く、キラキラと光るので、最後を飾るのにちょうどいいと思ったのだ。
本棚から小物をバラバラと落とし、奥にあったそのオブジェを手に取る。
そして、寄贈者らしき文字列を手前にして、頭の上の三角錐にはめようとした、…その時だった。



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