「む」
散人の一言に、しゅんが頬を膨らませる。
「私だって、もう子供じゃないんです。そんな心配要りません!」
「ま、待て、しゅん、俺が言いたいのはそういうことではなくて…」
散人なんて嫌いです!と言って去っていくしゅんに、散人は何も言うことはできなかった。
それでも一番大切な人
「まったく、散人は私の心のことなんて、何にも考えてくれないんだから!」
愚痴を呟きながら、いつもの彼らしくもなくずんずんと歩いていくのは、しゅんだった。
「本当に私のこと考えてくれてるんなら、もっと自由にさせてくれたっていいのに…」

ことの始まりは、この町に着いたときの話だった。
しゅんは仲間たちに向かって、こう言ったのだ。
『ちょっと寄りたい所があるので、ひとりで行動してもいいですか?』
それに対して、俺も行く、と言い出したのが散人だった。
しゅんはちょっとぼーっとしているところがあるから心配、というのが彼の言い分だったのだが…
しゅんの年齢は、エネコロロの種族では立派な成人男性なのだ。
確かに、よく転ぶことは認めよう。少し自分はとろいのかもしれない。
だけど、そこまで保護されなきゃいけないくらい、自分が駄目な人間だとは思わない。
「散人…」
いつも一緒にいるから、いきなり別行動しようと言われて驚いたのかもしれない。
でも、今日は、今日だけは、絶対に駄目なのだ。
…だけど、「嫌い」は言い過ぎたかな?
「…ごめんなさい、散人」
小さな声で呟いて、しゅんはひとつの建物に入っていった…

さて、こちらは残された5人。
しゅんと別れた後、今日泊まる予定だった宿へと入っていた。
そのうち3人は今後の旅支度を整えるために買い物に行き、そして2人が残された。
「…」
その部屋の片隅に、淀んだ空気を背負った男が一人。
「…」
いつもは勇壮な鋭く尖った瞳は光を失い、長い黒髪にもつやがない。
「…」
「…」
「…」
「…あーもー、うざったいなーっ!!」
沈黙に耐え切れず叫びだしたのはロゼ。
「どんより空気がウザい!無音が息苦しい!まず顔上げろ、散人!」
ロゼの荒い口調にも、散人は首を上げようとしない。
ロゼは諦め、慰める方向に持っていこうとする。
「散人、もう少ししっかりしろって、もっと嫌われるぞ?」
「もう嫌われていた………」
「情けない男だなぁ、もう」
相手するのにも疲れ、ベッドに寝転ぶ。
「しゅんの言うとおりだろ。あいつ頼りなさそうだけど、実は俺より年上だし」
それに、どこか行くのに一々お前みたいな固いのが「憑」いてきたらうざいって。
…と言いかけて、やめた。
散人が可哀想だと思ったからではなく、ちょうど誰かが部屋に入ってきたからである。
「たっだいっまー」
「あ、ちゃもたさん、お帰りなさい」
大きな袋を抱えたちゃもた、それからライが入ってくる。
「あるぇ?散人、まだやってたん?」
と、ロゼの後ろを覗き込んだのはライ。
「しゃーないなぁ。おにーさんが慰めてやろか」
「お兄さんって。散人とお前って同じくらいだろ」
ロゼのツッコミは気にも留めず、散人の近くのベッドに腰掛け、その背をバシバシたたく。
「そう、気ぃ落とすなやー?アイツにもアイツなりの事情っちゅーもんがあるんやろ」
「俺と一緒にいたくない理由か…?」
振り向いたその顔が本気で青ざめていて、落ちかけた前髪が恐ろしげに影なんか作っていて。
ちょっとヒキながら、ライは引きつった笑顔を浮かべてさりげなく距離をとる。
「やー、そ、そうじゃなくてやな…」
「どっちかと言うと、一人で出かけたい理由、じゃないかな?」
突然割り込んでくる声。
「おー、鈴、お帰りぃ」
「ただいまぁ」
手を振るライに、同じようにして手を振り返したのは、胡散臭げな紙袋を抱えた鈴。
ちょっといたずらっ子のような顔をして、散人のほうを見る。
「で、散人君。しゅん君のことだけど…」
「お前しゅんに何かしたのか!?」
「…まあ、少し落ち着いてくれると、嬉しいかな」
いきなり飛び掛ってきた散人を、鈴は半目でじとーっとにらむ。
「カレンダー、見てごらんよ」
「カレンダー?」
鈴の言葉に、散人だけでなく、ちゃもたたちも、壁にかけられた宿屋カレンダーを覗き込む。
そして今日の日付を見て、
「…ああ、そーゆーことやったんかぁ」
最初に声を上げたのはライ。続いてロゼ、ちゃもたも納得したように頷いた。
「それで、しゅんは一人で行動したがったんだね」
「そりゃあ、散人についてくるな!って言いたくもなるよなー」
うんうんと頷く仲間たちの横で、それでもまだわからないのか、散人が首を捻っている。
「散人君、今日の日付は?」
「2月14日。…それが?」
「…それでもわからない?」
鈴が呆れた目で散人を見る。
「ま、もうすぐ分かるよ。そしたら散人君、キミ、ちゃんとしゅん君に謝るんだよ?」
何を言われたのか分からない、という顔の散人を残し、鈴は彼に背を向けた。
(何かの祝日でもないし、誰かの誕生日でもない…)
一体なんなんだ?と聞きたい散人を背中で拒否し、4人はすでに違う話で盛り上がっている…

「ただいまです〜」
明るい声に、散人はびくっと体を硬くした。
「おー、しゅんお帰りー」
寝転がって雑誌を読んでいたちゃもたが、片手を挙げる。
部屋に入ってきたのは、大きな袋を持ったしゅんだった。
「ただいまです、ちゃもたさん」
「『寄りたい所』っていうのは、寄れたのか?」
「あ、はい、それなんですけれど…えへへ」
手に持った袋をごそごそ探るしゅん。
「私、みなさんにプレゼントがあるんです」
それを見て、散人以外の4人は、無意識のうちに何かを期待するような目つきになる。
「じゃーん!これです!」
取り出されたのは、色とりどりに輝く、5つの小さな箱。
「これがちゃもたさんの分、こっちがロゼさんの…あ、これはライさん、これは鈴さんに」
次々と渡されるその箱を、みんなが礼を言って受け取る。
「それから…これは、散人に」
他の4人のより、少し大きくて、少し豪華にラッピングされた箱。
「あ、ありがとう」
「開けてみてください」
「あ、ああ」
しゅんの期待するような瞳と、他の4人の何だか楽しげな瞳に押され、散人はその箱を開ける。
「…あ」
中に入っていたのは、小さな茶色の塊。甘そうなその色は。
「…チョコレート」
そして気付く。2月14日の持つ意味とは…
「原料を買ってきて、下のキッチンを借りて作ったんですよ〜」
原料を買ってきて。だからしゅんは、自分を一緒に行かせようとはしなかったのだ。
いきなりのプレゼントで、驚かせようと思って。
「しゅん」
「はい、なんでしょうか、散人?」
「…さっきは、言い過ぎた。すまなかった」
しゅんの顔がばっと赤くなる。
「いえ!あ、あの、私も、散人を嫌いだなんて言っちゃって…」
大好きです、これからも一緒にいてくださいね、と、しゅんは微笑んだ。
その微笑みに答えるように、散人も微笑んだ。


「はいはいはい、熱々のお二人さんはそこまで〜」
鈴が手を叩きながら立ち上がる。
「しゅん君、チョコをありがとう。でも、実はボクも、チョコ作ってきたんだ」
「え、本当ですか!?」
しゅんの顔が輝く。他の4人も、驚いたように鈴を見つめる。
「まさか…鈴が俺たちにチョコをくれるなんて」と、ちゃもた。
「しかも手作り?何か変なもの入ってんじゃない?」と、ロゼ。
「明日は雨か…」と、散人。
「…みんな、好き勝手言ってくれちゃって」
鈴はため息をつき、しかし、背中から胡散臭い紙袋を引っ張り出す。
「はい、一個ずつ持ってって。全部同じだから」
その中には小さな紙袋が5つ、全員、ひとつずつそれを取った。
そして、最初に開けたちゃもたが一声。
「げ、何だこれ」
入っていたのは、まがまがしい形をした魔物を象ったチョコレート…
「あ、ちゃもた君のそれは、魔王ザイギースだね。100年前に、勇者エルドを倒したって言う」
「こっちは、何?獣?」
「ロゼくんのそれは、ケルベロスの子って言われる魔犬・ラーダだねぇ」
つまり、胡散臭い伝説シリーズ。
胡散臭い薬も入ってないし、天気予報じゃ明日は雨じゃないけど、胡散臭い伝説シリーズチョコ。しかも手作り。
精巧すぎる魔物型チョコを見て、ちゃもたもロゼも固まっている。
「鈴、面白いなぁこれ!なぁなぁ、俺のは何なん?」
「あ、ライのそれは…」
楽しげに語る鈴を眺め、散人は小さくため息をついた。
この胡散臭い講義はきっと、夕飯くらいまで続くのだろう。
ふと、しゅんと目が合う。
(逃げるか?)
眼で問いかければ、しゅんは笑顔になって微笑んだ。
(せーの…)
タイミングを見計らって、立ち上がって走り出す。
「あ、ちょっと待ってよ!まだキミ達の…」
鈴の声が遠ざかるのを感じながら、二人は顔を見合わせ、笑った。

「散人」
かなり走った所で立ち止まり、しゅんが言う。
頬を赤く高揚させ、白い息を吐きながら。
「やっぱり、散人と一緒が、一番楽しいです」
微笑んだその顔を見て、散人は大きく大きく頷いた。
「もちろんだ。お前は、俺が護る。そう、決めたんだ」
足りない所を補い合って、一緒に強くなって。
そんな未来は、きっと二人でも素晴らしいものだろうから。
 

いつぞやのヴァレンタインディに。
馬鹿保護者散人と天然(?)なしゅんでした。
無意味にロゼと鈴が出張ってますが(・ε・)キニシナイ!!

というか止め時を失って長くてごめんなさい。

読んでくださってありがとうございました!

 
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