「まったくよー。運転人に任せて居眠りたァ、いい御身分だぜ」
運転席の背もたれに寄りかかって大げさにため息をついたのは、同僚のウソップ。
頭の後ろで手を組んで、横目にサンジを睨んでいる。本気で怒っているのではないようだ。
サンジは頭を振って、頭痛を追い払った。
「大丈夫か?ちゃんと今日の仕事分かってる?」
「ああ…」
手元の資料を繰り、A4のコピー用紙に書かれた情報を読んだ。
小さな角ばった文字はパソコンで作成して印刷したものだ。作成者はウソップだから、彼は既に承知している内容である。
「―『ロコ』ちゃん。報告者は彼女の彼氏」
「うん」
ウソップは、左手の二の腕までを覆う長い手袋を引き上げながら頷いた。
その手袋にどんな意味があるのかは知らない。いつも、仕事のときに彼がはめているものである。
手首の所にストライプの模様があっておしゃれではあるが、この暖かい春の陽気の下で、そんなに長い手袋をはめる意味はないだろう。
「…おまじないみたいなもん」
その視線を感じたのか、ウソップは苦笑してそう答えた。
なるほど、と思う。特に意味はないのだろう。例えば、ナミから貰ったイヤリングをまだ髪の下に隠している自分のように。
サンジは手袋から視線を外し、停止した車の窓から外を眺めた。
小さな一軒屋。もう『誰も』住んでいないはずだが、外には錆びた緑の自転車が止まっている。
「彼氏からの電話がもう一時間も前の話だから―…もう、多分ステーシーにはなってるだろ」
「だろうな。…でも、もうゾロが来てるから、あとは細かくする手伝いだけかもなァ」
「アイツも来てんのか」
「おう。今日、午前中仕事なかったしな」
ゾロというのは、刃物の扱いに長けた同僚だった。
無口で冷たい目をしているから、サンジは最初に彼を見たとき、単に人を切り刻むために再殺部隊に入った快楽殺人者かと思ったものだ。
「…あ、ゾロぉ?」
また物思いに沈んでいたサンジは、そんなウソップの声で現実に引き戻された。
「…うん、もう外まで…うん。自転車あったからわかったよ。サンジ?ああ、今一緒に…、いい?あっそう」
携帯電話で、もう来ているというゾロに連絡を取っているようだった。
迷彩柄にデコレーションされた携帯。トナカイのキャラクターのストラップがゆらゆらと揺れている。
「ロコちゃんは?…あ、ジョニーたちも来てんのか!わかった。じゃあ、サンジも今から行かせるから」
ピ、とボタンを押して、通話を切った。
「ゾロ、もう来てるって。ヨサクとジョニーも」
「ああ、あの二人もか」
その二人は、比較的最近入ってきた同僚だ。しかし二人ともかなりの怖がりなので、これまで再殺の仕事をしたことはなかったはず。だから、今回が初めての出動かもしれない。
その初めての仕事の上司がゾロなら、きっと苦労しているだろうとサンジは思った。
「ロコちゃんは今三人で分割してるとこだって。サンジも、手伝いに行ってくれるか?」
「ああ、わかった」
頷いて、車から降りる。
とたん、辺りに漂っていた濃い血の臭いにむせ返りそうになった。
何度かいでも慣れられそうにないと思うが、それでも最近は吐き気を抑えられるようになってきた。
ウソップは平気な顔で、車の後ろに回って『ライダーマンの右手』とその他いくつかの道具を取り出している。
あの鼻でこの臭いに気付かないはずもないが、それに気付かない振りをするのがプロだと誰かが言っていたから、きっとウソップはプロなのだろう。
何の?…きっと、再殺のだ。
ぶおおおおっ、という音。ウソップが、『ライダーマンの右手』の動作確認を行っていたようだ。
「ほい、サンジ。ちゃんと充電もバッチリ」
「おう」
手袋のない右手から渡されたそれを受け取り、サンジはその右手も掴んで、体を寄せて唇を合わせようとした。
「こら、仕事前」
嫌がられた。
「…お前は?」
「せーそーじゅんび〜」
しぶしぶキスを諦めたサンジから体を離したウソップの手には、いつの間にかバケツとモップが持たれている。
屋内での再殺の場合、そういう片付けまで請け負うのがプロの仕事だと、それも確か誰かが言っていた。
「できるだけ、サンジ、部屋の中に血ィ飛ばさないようにしてくれよ?」
ウソップはそんなことをのんびりという。
この仕事で、そんなことができるはずがないのに。
だけどサンジは頷いて見せた。
「ああ」
「カーペットとかさァ。洗濯マジ大変だから」
ウソップは、大げさに肩をすくめてそんなサンジの返事を受け流す。
しかし、サンジの頷きには理由があるのだ。渡されたチェーンソーを軽く持ち上げて示す。
グリップがあの人の髪と同じオレンジ色の、握りなれた形のそれ。
「―わかってるって。だってよ、これ、三代前の『ライダーマンの右手』だろ?」
「ん?あ、古いとか言う愚痴?それは隊長に…」
「知ってるか?これの売り文句な。『返り血が飛びにくい!』ってんだ」
あの頃は最新で、今じゃ時代遅れの派手な配色のロゴ。
あの日、それを差し出した彼女のことを思い出した。
「…へェ」
だけど、帰ってきたのは気のなさそうな返答だった。
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