[4]

「さあて、腹は落ち着いたか?」
「元々昼飯は食ってきたんだよ」
Gがリンゴを食べ終わるのを見計らって、俺は立ち上がる。
指に付いた汁を舐めていたGも立ち上がって、尻のほこりをはたいた。
「そろそろ行く?」
「暗くならないうちに行った方がいいだろ。落ちるリンゴが見えなくなるぜ」
「あー…また頭に当たったら嫌だしな」
前、夕方にリンゴ採りに行ったとき、俺が飛んでリンゴを採り、落としたそれが、Gの頭にど真ん中ストライクしたことがあったのだ。それ以来、Gは夕方以降のリンゴ採りに付き合ってくれなくなった。友人なのに手伝ってくれないなんて、と腹立たしく思うこともある。…まあ、半分は俺が悪いわけだが。
俺が荷車を押しやると、特に文句もなくGはそれを受け取った。
「さて、行くかね」

村から歩いて数時間もかからない所に、その野リンゴの森はある。
こちらから見上げると切り立った崖で、その上にこんもりと、向こうの方まで緑が広がっているのが見える。崖の下にいくつか自然に落ちたリンゴが転がっているが、崖の岩肌に削られて傷だらけになってしまったリンゴは売り物にはならないので放っておく。遊びに来た小鳥や小動物たちの餌になるのだろう。
「じゃ、今日はこのあたりにしようか」
俺は森を見上げ、Gに言う。まだ高い太陽に照らされ、木の葉の緑と木の実の赤が、輝くようだった。
「いいか、全部受け止めろよ」
「わかってるって、まかせとけって」
「その安請け合いが心配なんだよ」
俺は笑って軽くGをどつくと、翼をいっぱいに広げた。
うーんと伸ばして、伸ばしきって、それからおもむろに、大きく羽ばたく、同時に地をける。
この最初の一羽ばたきが大事なのだ、力強く翼をひらめかせて、俺は飛んだ。
地面が視界から遠くなり、代わりに森が大きくなる。崖にほとんど平行に、俺は飛ぶ。リザードンの翼は、ピジョットやオニドリルなんかのと違って、そう長く飛ぶためには出来ていないから、もし万が一翼が動かなくなっても、崖の岩肌に捕まれるようにするためだ。
そんなことを考えつつも俺の体は上昇を続け、そして、崖の上にたどり着いた。
「リザー!無事かー!?」
崖の下から声。覗き込むと、口に手を当ててGが大声で叫んでいた。
「おう!心配ないぜー!!」
「なら良かったー!」
こちらも大声で叫び返し、その返答を聞いた後、森のほうへと向き直った。
太い木がたくさん生えている。そしてそれらには全て、大きなリンゴの実が実っている。俺は早速物色を開始した。
「んー、こっちは色が悪いなー、こっちは大丈夫かな?んで、こっちは…んげ、中に虫いるぞこれ」
独り言を呟きながら、いくつかを枝から取る。もちろん心の中で、リンゴの木に感謝の言葉を言うことを忘れない。
俺の目も肥えたものだ。ぱっと見るだけで、これは甘そうとか水気多そうとかが分かるようになった。小さな穴から、虫がいるとかもわかるし、色の具合から、このあたりよりもう少し南側のほうがおいしそうなのが採れそうだ、なんてことも分かるし。こういうのをプロと言うのかもしれない。
…なんていう、俺のちっぽけなプロ意識なんて関係なく、リンゴは赤く、瑞々しく実っている。
俺はいくつかのリンゴを抱え、また崖に歩み寄った。
「Gー!いるかー?」
「いねえわけねーだろー!」
「今から5つ落とすぞー!いいかー?」
「バッチ来ーい!」
ちょっと時代遅れの言い回しをしたその青い頭に向かって、俺は手に持った5つのリンゴを落とした。
その赤い果実は重力に引かれ、彼の上へと落ちていく。
「いよっしゃー!」
Gが歓声を上げる。荷車を押したまま位置を微調整して、俺の落としたリンゴを全て、綺麗に荷車の中に収めて見せたのだった。Gがガッツポーズを取ったので、俺は崖の上から拍手を送った。
「よっしゃ、どんどん来いよー!」
「おう、次採って来るぜー!」
Gの片手を振り上げるポーズに、俺も同じポーズを返して、俺はまたリンゴの森へと向かった。
あとは、これの繰り返し。俺がリンゴを取る。崖の上から放り投げる。Gが荷車でうまくキャッチする。見事荷車に収まったリンゴに藁をかけ、その上にまたどんどんリンゴを積み上げていく。
荷車は大きめだが藁が敷いてあるので、縁いっぱいくらいまで入れても足りない日があるくらいだ。つまり俺は何度も森と崖とを往復しないといけないし、Gは何度もリンゴを受け止めるために上を見上げないといけない。
大体、今日はこのあたりでいいかな、という数が集まったときには、真上近くにあったはずの太陽が、もうすぐ向こうの山々に隠れようとしている所だった。
「お疲れ様、G」
俺は崖を飛んで降りて、しきりに首をさすっている友人に声をかける。
「あいたー。ずっと上見上げてたら痛くなったぞ」
「そりゃそうだ。お前、俺が落としてないときもずっと上見てただろ」
声の調子で分かるものだ。リンゴを取りながらもたわいない会話をいくつか交わしたが、その声質は、普通に前を向いて話している響き方ではなくて、明らかにこちらを見上げたような声だった。
「だって、急に落ちてきたら嫌だろ」
「俺のこと信頼してないのかよ」
「え、お前のこと信頼して大丈夫だったのか?」
「ほざいてろ!」
「ほざくよばーか」
「お前がバーカ!」
「…」
「…」
「…ぷ」
顔を見合って、同時に吹き出した。
「あははは、何だよもう!意味わかんねえ!!」
「どっちがだよ!リザが最初に言ってきたんだろー!」
もう何がおかしかったのかも良く分からなくなって、俺たちは山積みリンゴの荷車の横で、腹を抱えて笑い転げ、互いの肩をばしばし叩き合った。何が面白いのか、他人にはわからないだろう。何せ自分たちにもわからないのだ。
だが一つ分かるのは、こうして気の置ける親友と笑い合う時間は、何よりも楽しくて、何よりも幸せだということ。
「あー!たまにはニャリアにも会いたいよなー」
ごろりと寝転がって青空を見ながら、Gが呟いた。
「そういや、昔お前あいつに惚れてたっけ」
「昔は昔、今は今、ただの友人として、さ」
ちょっとむっとしたように言うから、俺は笑った。
「白城に行くのか?」
「んー…ま、別にまじめに考えてるわけじゃねーけどな」
Gの考えていることは分かる。
この村の暮らしは平和で幸せでそこそこ楽しいけれど、でも、外の世界にはもっと楽しいことがいっぱいある、気がする。楽しくなくても、ここで毎日を過ごしているのよりずっと何か、得るものがある気がする。だからこそ世界はとても広くて、俺の親父も帰ってこないわけで。
「お、夕日だ!」
ふいにGが叫んで体を起こす。俺も釣られて体を起こした。
向こうの山々に太陽が沈む。オレンジで世界を染めて、黒々とした山の影さえも飲み込んで。
目の前のGでさえもそのオレンジに黒々とした影になって、輪郭がぼやけて見える。驚いて掲げた自分の手も、影にされて輪郭がブレて。
世界をオレンジが染めて。
全てを影に変えて。
…飲み込んでしまうかのように。
「綺麗だなー!」
のんきなGの声が聞こえて、ふっと我に返る。。
「こんな綺麗ででっかい夕日見るの、久し振りだな」
「あ、ああ、そうだな」
「何だよー、ノリ悪ィな」
(…胸騒ぎがする)
それは、太陽が余りにも綺麗すぎるからだ。
むりやり自分を納得させて、早く帰ろうと親友を促し立ち上がった。
…そしてまもなく、俺の胸騒ぎは、現実のものとなる。
 

リザ編 4

←BACK    NEXT→

 
戻る