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「よ、リザ。来ちゃったぜー」

なぜならそれは客なんかではなく、俺の最も良く知る人物だったからである。

知っている人間だからお客じゃないとは限らない、とは限らない。その人物は、いつでも俺の商売が終わったころを見計らって、売り物ではない傷付きを狙ってくるような奴だからだ。

「来ちゃったぜじゃねーよ」
「売り物じゃないやつ余ってる?」
「まあ、余ってるけどさ」
「よっしゃ、頂きー」

俺の、いいよも駄目だよも聞かずに、その手が素早く傷付きの一つに伸びて、中でも一番大きくて色艶のいいものを取り上げた。

「んー!うまい!」

一口かじって歓声を上げる姿に、今更返せよとも言えず。それ俺が次に食べようとしてた奴だとも言えず。

赤い瞳を細め、うまそうにそれをかじっているのは、しなやかな体躯に青い髪、胸と額の真ん中に赤い石。ゴルダックのGだ。

G…というのは、彼が自分で自分につけたあだ名だ。本名はグリューというのだが、その響きがどうにも悪役臭いと、人に名乗るときにはGと名乗っているそうだ。…だが、俺から見れば、Gなんて胡散臭い名前のほうが、印象は悪いように思えるのだけれど。

まあ、そのあたりは個人の好みなのでどうでもいいことだ。

「G、食べたからには、後で明日の分採りに行くの手伝ってもらうぜ」
「おうともさ!下で受け止める役なら任しとけ!」

口の周りをリンゴ汁だらけにしながら、Gは胸を叩いた。

俺が飛ぶ。リンゴを採って落とす。それを地上で、荷車を構えたGが受け止める、という寸法だ。荷車の中には柔らかい藁を敷いておくので、高い所から落としてもリンゴが傷付きにくい。飛べる俺と体力自慢のGの、二人の長所を生かした作戦である。

Gがリンゴをかじりながら、ふと思い出したように俺のほうを向いた。

「お、そういえばリザ、ニャリアの話、聞いたかー?」
「ニャリア?何でまた、こんなときに彼女の名前が?」

俺は、ちょっと予想外のその名に首をかしげる。

ニャリアというのは、俺とG、二人の共通の友人だった。俺たちよりも少し年下のニャースの少女で、かわいくて、明るくて、元気で、誰にでも優しい、素晴らしい人格の子供だった。唯一の欠点はケチで金数えが趣味の所だ。

5年位前に親の都合だか何だかで村を出て行ってしまって以来、年に一度届く手紙だけが彼女の最近を知る手がかりになっていて、その手紙も半年前に来たはずだ。今彼女の話が出ることは、ちょっと考えられないことだったのである。

「んー、まあ、風のうわさで聞いたんだけど、アイツ、今白城にいるらしいぜ」
「白城に?これは…何でまた」
「さあねえ。メイドでもやってんじゃないの?アイツの夢だったしさ」

思い出す。キラキラくるくる輝く瞳で、私将来はメイドさんになるにゃ!と叫んでいた彼女のことを。

「ふーん、じゃ、夢がかなったのかな」
「だといいねえ」

柄にもなく、ちょっと感傷的な気分になって、俺は空を見上げた。

いい天気だ。

この空のどこかで夢を叶えた友人がいるならば、俺の夢もそろそろかなってもいいんじゃないか、と思う。

それは、冒険に出るといって失踪した親父を見つけ出して、一発ブン殴ってやる、という夢だった。

 

リザ編 3

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