「よ、リザ。来ちゃったぜー」
なぜならそれは客なんかではなく、俺の最も良く知る人物だったからである。
知っている人間だからお客じゃないとは限らない、とは限らない。その人物は、いつでも俺の商売が終わったころを見計らって、売り物ではない傷付きを狙ってくるような奴だからだ。
「来ちゃったぜじゃねーよ」俺の、いいよも駄目だよも聞かずに、その手が素早く傷付きの一つに伸びて、中でも一番大きくて色艶のいいものを取り上げた。
「んー!うまい!」
一口かじって歓声を上げる姿に、今更返せよとも言えず。それ俺が次に食べようとしてた奴だとも言えず。
赤い瞳を細め、うまそうにそれをかじっているのは、しなやかな体躯に青い髪、胸と額の真ん中に赤い石。ゴルダックのGだ。
G…というのは、彼が自分で自分につけたあだ名だ。本名はグリューというのだが、その響きがどうにも悪役臭いと、人に名乗るときにはGと名乗っているそうだ。…だが、俺から見れば、Gなんて胡散臭い名前のほうが、印象は悪いように思えるのだけれど。
まあ、そのあたりは個人の好みなのでどうでもいいことだ。
「G、食べたからには、後で明日の分採りに行くの手伝ってもらうぜ」口の周りをリンゴ汁だらけにしながら、Gは胸を叩いた。
俺が飛ぶ。リンゴを採って落とす。それを地上で、荷車を構えたGが受け止める、という寸法だ。荷車の中には柔らかい藁を敷いておくので、高い所から落としてもリンゴが傷付きにくい。飛べる俺と体力自慢のGの、二人の長所を生かした作戦である。
Gがリンゴをかじりながら、ふと思い出したように俺のほうを向いた。
「お、そういえばリザ、ニャリアの話、聞いたかー?」俺は、ちょっと予想外のその名に首をかしげる。
ニャリアというのは、俺とG、二人の共通の友人だった。俺たちよりも少し年下のニャースの少女で、かわいくて、明るくて、元気で、誰にでも優しい、素晴らしい人格の子供だった。唯一の欠点はケチで金数えが趣味の所だ。
5年位前に親の都合だか何だかで村を出て行ってしまって以来、年に一度届く手紙だけが彼女の最近を知る手がかりになっていて、その手紙も半年前に来たはずだ。今彼女の話が出ることは、ちょっと考えられないことだったのである。
「んー、まあ、風のうわさで聞いたんだけど、アイツ、今白城にいるらしいぜ」思い出す。キラキラくるくる輝く瞳で、私将来はメイドさんになるにゃ!と叫んでいた彼女のことを。
「ふーん、じゃ、夢がかなったのかな」柄にもなく、ちょっと感傷的な気分になって、俺は空を見上げた。
いい天気だ。
この空のどこかで夢を叶えた友人がいるならば、俺の夢もそろそろかなってもいいんじゃないか、と思う。
それは、冒険に出るといって失踪した親父を見つけ出して、一発ブン殴ってやる、という夢だった。